行儀が悪いと言われてもやめられない食事中のマナーランキング
http://ranking.goo.ne.jp/ranking/013/mealtime_manners/(gooランキング)

「食事をしながら新聞や雑誌を読む」だとか「好きな部分を最後にとっておく」といったものが挙げられているわけだけど、そんなことより、人生わき見運転でいつもきょろきょろしているゲス野郎のぼくが(他人様の食事風景を見ながら)常々思っているのは、「脚を組んで食べる」「脚を組んで犬食いで食べる」「渡し箸」(いずれもランクインせず)。あ、あと「手皿」。
ランクインせずというか、そもそもアンケート作った人も気付かないで、下手すると常々やっちゃっていたりするんだろうけど。

たとえば「食事をしながら新聞や雑誌を読む」なんていうのは、たしかにたまに見かけるけど(きっと消化に悪いのでやめた方がいい)、そんなのやっている人は自覚していることで、まあ、ここで選択肢となり回答されている時点でどれも自覚はされているんだろうけど、そんな自覚済みのものを、わざわざ"マナー云々"と言うこと自体、ナンセンスなのかもしれない。
まあ、"マナー"とかいう言葉が嫌いなので(だから今回は引用符を使っています)、そう言ってしまうんですけど。

でも敢えて、その"マナー"を持ち出して言わせてもらえば、脚を組んでご飯を食べるだとか、渡し箸という"マナー違反"は、かなり無自覚かつ恒常的に行われているもので、しかもその文化的遺伝子は永劫回帰的に受け継がれている様子なので、非常に性質が悪い気がしてならない。

特に、傍から見ていると、脚を組んで素人が食べようとする際には、自然と前傾の犬食い(下手すると利き手じゃない方の手は、なぜかテーブルの下やポケットに隠れていたりすることもある)になることが多いようで、全体的にまったく絵にならないどころか目も当てられない。でもきっと御本人はスタイリッシュでクールだと思ってらっしゃるんでしょうねー、みたいな。
まあ、それはもう、「俺は人間をやめるぞ!ジョジョーッ!!(&もう犬でいいです)」という宣言だと思うのだけど、ちなみに、あんまり脚組んで食べていると、下アゴというかそもそもの骨格がずれてくるらしいのでやめた方がいいです。十年くらい前にクローズアップ現代かなにかで言ってた。

さらに渡し箸になると、これがもう、本当に無自覚すぎてどうしようもなくて、一度まわりから目黒のお嬢様とチヤホヤされつつ御本人もまんざらではない様子の女が、平気で渡し箸しまくりだったのを見て、「お里が知れますよ」と言ってしまったらどうなるのかなー、と思ったりもしたのだけど、ここまで日常に溶け込んでいると、もはや「そういう食文化なんですか?」(実際、韓国かどこかでは渡し箸が正式だった気がする)と問うてみたくなったりもする。いや、問わないけど。"みんながやってるから、(ブンカってヘンカするものだし)認めちゃっていいよね"と言うような風潮(ニホンゴのヘンカとかでよく出てくる)は早く廃れればいい。

まあ、状況によっては、これ、渡し箸するしかないよね、ということも多いので、仕方ないこともあるわけですが。

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ちゅーか、全体的なランキング(http://ranking.goo.ne.jp/ranking/013/mealtime_manners/)を見ていると、いわゆる"マナー"と、ただの悪癖と、あと、べつにそれくらいいいじゃん(目の前でされたらいやだけど)、と言うようなものが混在していて、それを一つ一つ考えていたらキリがないのだけど、特にそのアンバランスさを象徴的にしているのが、
「12位 三角食べをしない」
って。えーっと、どこの給食ですか、という。これは衝撃的すぎる回答だ。

三角食べの方が本当は"マナー違反"だろうに。
ここは「つい三角食べになってしまう」が本来あるべき回答であり、しかも無自覚的でありながら身体に擦り込まれている、最も気にしなければならない"マナー違反"でもあるのかもしれない。
(※ランキングを見ないと勘違いされるかもしれないけど、このランキングは、"マナー違反"と目される内容を挙げるもので、ここに出ている12位は「三角食べをしない」ことを"マナー違反"とし、つまり「三角食べ」という学校給食に特徴的な行為を正統な"マナー"だと認識している作成者による内容だと類推させるに足るものです。念のため)

というか、そもそも、ごめんなさい、ちょっとベタな事いうけど、上の渡し箸のところでも少し触れたように、文化によって"マナー"は違うわけで(最近よく聞く、人によってモノの考え方は違う云々とかいう、生温い逃げ台詞とは違って、それはもう厳然たる違い、というか、もはやルール)、ナイフフォークの文化圏と箸文化圏が違うのはもちろん、おなじ箸の文化でも、それこそ、手に持ってもいいのは日本でいうところのご飯茶碗くらいという中華料理と、茶碗も皿もお椀も利き手ではない方で持って食べる日本だとか、似て非なるどころか、自分の国の"マナー"をよその国でやると"マナー違反"ということも多々ありすぎて、そもそもひとくくりにしてしまう事自体、ちょっと変かもしれない。
さらにこの三角食べなんて、自国の中でも給食以外じゃほとんどの場で"マナー違反"だろうに。なんだこの局地的すぎるアンケートは、という。
まあ、定食屋ででてくるものなんかは、たしかに、こう、バランスを考えながら三角食べをすることもあるので、そういう局地的なアレか。

あと、
「6位生卵を直接ご飯にかける(器にとらない)」
って…生卵をご飯にかけること自体は、マナー違反に入らないんだー、ふーん、そうなんだー。みたいな。本当に、どこの局地なのかと。

なんだか全体的に、格差社会の下の方の階層でのアンケートという感じがする(と、格差の限りなく底辺に近い部分にいるぼくが言ってみる)。

まあ、"マナー"なんて自分が目の前でされたらイヤな事を、あたかもシャカイのルールのように言い、自分がされてイヤだと思っただけのことを、あたかもシャカイゼンタイが批判していますよというかのように、押し付けがましく、たとえば態度の悪い我が子を咎めるべき時に「他のお客さんに怒られるよ」と注意(?)するかのように責任回避しつつ、いやらしい嫌悪感をあらわにしているだけに過ぎない事が少なからずあるので、まあ、こんなランキングでいいんでしょうけど、きっと。
昔、「神田の藪で蕎麦をたぐった」とか得意気に言っている人を見て、そういう、言葉に走って得意げになるのっていかがなものだろうか、と思った事があったけど(2〜3年前だ)、恥ずかしながら先日、はじめてその神田の藪(かんだやぶそば)に行ったんですよ。
まあ、店の一本横の道はほぼ毎日通っていたんですが。

そしたら、なんちゅーか、あれ、ただの観光地じゃないですか。
現在ぼくは妹と二人暮しなのですが、そうやって暮らしていてつくづく思うのが、世の中には、料理の"勘"のようなものがない人がいるんじゃないだろうか、ということです。具体的に誰がそうとは言いませんが。

そのへんについては、何度も知り合いに愚痴ったりしているので細かい事は伏せますがが、ただ単に経験が足りないとか、レパートリーが少ないとかいう問題ではない気がしています。もっと根本的な何か。

それはたとえば、美味しい物を作ろうという気持ちの度合いだとか、それに対してどれだけの努力ができるかという覚悟の問題だとかいう精神論的な部分だけでなく(それももちろんある気はします)、根源的な「料理の勘」としか言いようがないような感覚。

(↓ちょっとだけこのエントリと関連します)
好きなものだけ食べたいの☆
「DlME」増刊男性向け料理誌「料理やろうよ!!」(←アフィリエイトではないので思う存分クリックして見てみてください)
という、雑誌というかムックのようなものを先日コンビニで見かけ、ふと何かに導かれるように立ち読みしてみたのですが、これがまたなんとも居心地が悪い。

料理ができる素人男性が何人も出てきて、自分たちの得意レシピを大公開☆という内容なのですが、ひとまず本当に彼らが作った料理・あるいは彼らオリジナルのレシピなのかはさておくとして、というかそれはどうでもいいことで。何がこの不思議なザワザワ感を掻き立てるのかといえば、料理本のように存在していながら、個々のページを見ると、半分以上が素人男性の(飯以外の)日常の紹介、そしてその後ようやく料理に入るという、なんとも言いがたい構成。一言で言うならば、微妙だ、微妙。

たとえば最初の見開きで、休日はサッカーやバレーに励む青春オヤジや、子供を背中に乗せて腕立て伏せをするやさしくたくましいパパ、ハードゲイのような佇まいでバイクを乗り回すちょい不良オヤジなどなど、DIME世代(って言っていいのか?)の理想のオヤジ像を過ごす一点の迷いもないハッピーな姿を十分すぎるほどに紹介した後で(もちろんキャバクラ通いが趣味とか、オナニストとか、そういう話は出ない。実際にどうかは知らないけど)、ようやく、そんなステキなダンセイたちの手料理コーナーを1ページ、みたいな。実際彼らのオリジナルかどうかはさておき。料理の写真より「ステキなパパ」としての写真の方がどなたも大きく紹介されている事実。(実物を提示できないのが非常に残念ですが、もしコンビニででも見つけたら立ち読みするといいと思います。買う必要はまったくないと思います。ちゅーか、財布が許せば大抵のものなら衒いなく買えるぼくでも、結局躊躇しまくった挙句買えませんでした。恥ずかしすぎて。)

小学館のサイトをあらためて見ても、

「おやじフットサルチームを率いる」
「家族をこよなく愛する週末ガーデナー」
「パパの威厳はラーメンで保つ!?」
「海外生活12年のワールドビジネスマン」
「ハーレー命の多忙な中年バイカー」
「笑顔作りのエキスパート」
「奥さん、息子、ワンコのためにがんばる」
「アウトドアを楽しむ達人」

など、ほとんど料理とは関係ない、なんとも背中がムズムズする肩書きに溢れた爽やかフレッシュで愉快な面々がSE・I・ZO・RO・I☆というスタイル。

そもそも特集のタイトル自体が

「巷の料理好き15名が、お得意レシピを誌上公開 料理にハマッて人生ハッピー!!」

ですからね。
男ってのは、ただ料理が好きだったり、料理が上手なだけじゃダメなようです。
それ以外に、DIME的な男らしさ、それは浅いちょい不良だったり、家庭を守る良識的なよきパパだったり、スポーツ万能でやさしく男らしいパパだったり、ご町内の人気者だったりして、さらにそのことにより一点の曇りもないハッピーな人生を送っていることが、料理好き以前に必要なようなのです。

これは、単にDIME世代のおじさんたちにとって、いまだに料理というものが"男らしさ"に暗雲を投げかけるものであり、そういったアンチ料理な価値観に対する布石もしくはバランス感覚として、敢えて(DIME的)男らしさを提示しているのか(まさかな…)、それとも、料理も含めマルチな趣味と才能(たとえどんなに浅くても)を持つことをDIME的男らしさとして提案しているのか(キモいな…)。
あるいは、男女の意味において右傾化しつつあるように見える現代が、静かに提唱しつつある"オトコ"が"オトコ"であることに無意識的にであれ執拗にこだわる意識が、DIME的なカタチで、表出したものなのか。(上下両層からの、"オトコ"であることの過剰な意識については、過去にちょっとだけ触れました)。

たぶんそんなDIME的オトコ感(メトロセクシャルに近い気がするけど)をベースにした、というか、そんなDIMEなりの解釈でDIMEなりに精一杯提示した、現代的"オトコ"の料理ってことなのかな。
「男の料理」という言葉が昔っから嫌いで嫌いで大っ嫌いだったのだけど、その理由の一つに、ちょっとだけ近づいている気がする今日この頃です。(最近ではますます嫌いになっています☆)
NHKスペシャルって結構好きで、よく見ていたりするんですが、先日、近年稀に見る酷い内容の番組が放送されていた気がします。

“好きなものだけ食べたい”
〜小さな食卓の大きな変化〜


途中から見たので、ひょっとしたら最初の方は超傑作だったのかもしれませんが、少なくとも途中からは、ちょっと見てらんないものでした。

最近の子供たちの食が酷いことになっているとかいう、いわゆる食育ブームに乗ったような、あるいは食育ブームに合わせて慌てて何か作ってみた、という内容だったのですが、どうも杜撰過ぎた気がしてなりません。
2003.01.01 セカイ系飯。
過去ログ掘り起こし。

あらためて見てみるととんでもない文章で、まずセカイ系に関する認識が甘い。
だけど、セカイ系と飯ブログの氾濫というのはやはりいくらか関係があると思っているので、まあ、その点は悪くない。

でも、それ以上にとんでもないというか恥ずかしいのが、これを書いた時点(2003/11/21)では、まさか、かように、ブログというものが一般化するとは思っていなかった点。これは、もう本当に申し訳ない。ニフティ様の先見の明にも申し訳ない。あまりにも申し訳なさすぎて逆に楽しくなってくる。

ということで非常に残念な文章ですが、一応こっちに転載しておきます。
2003.01.01 ヴァニラ
過去ログ掘り起こし。

まだ飯サイトを始める前に、ほんの思いつきで書いたもの。
飯関係文の最初期のものなので記念碑的に転載。その後飯サイトにどんどん無駄なことを書き流していくわけですが。

ここで出てくるバニラコーラなんてあっというまになくなった気がするけど、現在(2006年)と比べると全然飲食のこととか考えてなかったこの頃に、意外とまともなことを言ってたかも。

この頃も自覚的に半可通として、ソバとか余計な話を出しているところが自分らしいアレなんですが(こんなの書いたって全然覚えてなかったけど)、まさかここで出てくるつゆの辛い蕎麦屋の近所に住み、何度も足を運ぶようになるとは、当時は夢にも思っていませんでした。