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"さしこ"こと指原莉乃さんのHKT48移籍に関して思ったことを先週土曜日(6/16)にツイッター(@3116)にちょっと書いたものを、あらためてまとめてみた(べつに指原莉乃さんにはこれっぽっちも興味はなかったのですが、どうしてもいろいろと考えてしまうほど、秋元康"先生"というのは実に興味深いのですという話)。

【1】全身全霊でオッサンの言葉を解釈するということ

AKB48指原莉乃の移籍を、単に「HKTに左遷っしょ!指原道真ww」と言うのは簡単だし、逆に「HKTのテコ入れっしょww」と結論を出すのも簡単かもしれない(たしかにHKTの求心力が弱いのは事実)。「解雇できねーから落とし所がそこだったっしょww」とか言うと、なんか"大人のジジョーをわかるオレ"っぽい。

しかし、既視感のある一つの答えを出して納得するだけではなく
「え…HKT?どゆこと?」
と、いったん(自分が納得できそうな)回答を出すことを保留し、全力で頭と心を動かしながら
「このオッサンは何を考えているんだっけ…」
と無数の解釈を試算した方(それがファンとは限らない。私もファンではない)も多いのではないだろうか。

(「え、ただの左遷やろ、何いってんだばか」と思った方とはここでお別れです)

「これってひょっとしたら最初から秋元康"先生"の策だったのではないか(実際はただの思いつきでも)」
「思いつきならまだいいけど、もしかして、文春のセックス報道の時点で策略が動いていたのでは(これについてはちょっとだけ後述)」
といった勘繰りを自発的にしてしまった方、あるいは指原の一件にとどまらない、AKBフランチャイズ計画の未来を幻視し、気が遠くなるような思いをした方もいるのでは?

そうやって、つい全身全霊で勘繰るようなことをさせられてしまう、そういう思考を可能にしたのがこれまでの"AKB状況"の結果であり、秋元康という"先生"の恐ろしさでもある。

繰り返しになるが、ただの"窮余の策"(実際、6万票オーバーの人気4位をクビにするという選択はありえないとして)かもしれないものでも
「実はそれだけではないのでは」
「もともと移籍の予定があったのでは」
「いや、どうも裏にはいろいろあるらしいよ」
など様々な角度から勘繰られてしまう。

しかしそれは、素人の無用な勘繰りなどではなく、秋元康"先生"にとっても、きっと望むところであり、むしろ我々は"勘繰らされている"のではないかとまで勘繰ることができてしまう。

ひょっとしたら、AKB48という社会現象が持つ可能性や振れ幅の大きさは、秋元康という一人物の実力というよりも、その不確定要素だらけの「わけのわからない、とっぴにも思える言動」を、全身全霊で解釈しようとする個々人の脳のゆらぎにあるのかもしれない。

そして、一瞬でも「ただひとつの既視感のある結論」以外の可能性を思った時点で、秋元康"先生"には誰も敵わない(実際はただの気まぐれな小太りのオッサンだったとしても)。

(何を見ても「ただひとつの既視感のある結論」しか出ない人はここでお別れです。結構いるんですよね)

ただのオッサンなら「何言ってんだこのボンクラは」で終わることが、"先生"のとっぴな思いつきであれば、一面的には「ただのオッサンの言うこと」・「ただの偶然とスキャンダルとその場しのぎ」であっても、「何か私にはわからないけどきっと意味があるんだろう」と、全身全霊で解釈してしまう。

「総選挙」も「シャッフル」も「フランチャイズ」も「アイスの実(CG合成)(探偵モノ)」も…いや、そもそものはじまり「秋葉原に会いにいけるアイドル」「48人(今はもっといるけど)」という時点から、それが全てただのオッサンの思いつきだとしても、そんな"先生"の掌から抜け出せない小猿たちには、実はその後の説明や理由付けなんか必要ない。

ただ、オッサンが一言わけのわからないこと(今回の例では「指原はHKTに明日から移籍」)を言った瞬間に、全身全霊で、既存のパターンに落としこむことを保留し、それを解釈する運動がはじまるのである。たぶん。

それは、秋元康という人物がすごいわけではない。(すごいのはすごいけど)ただ、秋元氏の、いや、秋元"先生"が"えらい"ことを知り全身全霊で解釈する"生徒"が偏在することが、結果的に「すごい何か」になってしまう。

これは

私の「先生はえらい」論は、「えらい先生とはこれこれこういうものである」というような認知的なものではありません(そんなことを言っても何も始まりません)。
あるいは「いいから黙って先生の言うことを聞きなさい」というような政治的なものでもありません(そんなことを言っても誰も聞いちゃくれません)。
そうではなくて、「先生」というのは定義上「えらい」ものである。あなたが「えらい」と思う人、それが「先生」であるという必勝不敗の同語反復を断固主張するところの書物なのであります。
(内田樹「先生はえらい」著者コメントより)

で言うところの"先生"の話である。

もし、つんく♂と秋元康の違いを挙げることが許されるのであれば、秋元康は「先生」であり、つんく♂は「つんくさん」だったこと。そこに見るべきものがあるのではないだろうか(といったことは、まだ断言できませんけど!)。

そして、AKB周辺のいろんな出来事は、そういうわけのわからない"先生"の思いつきだか何だか、本当にわけのわからない言葉を、全身全霊で解釈して、正解かどうかすらわからないものを実現させてきた人たちが可能にしたんでしょうね(でしょうね、とか言っちゃった)。

たまに解釈がいきすぎて「パンツ見せるのはやりすぎ」など言われたりする人もいるようですが。

【2】草食系・非リア充の待ち姿勢でもセックスできるアイドル

もうひとつ驚きなのは(こっちも大事)、実はAKBって「会いにいけるアイドル」どころか、「ファンでもがんばればセックスできるアイドル」である可能性を否定せずに残したこと。

「絶対にそんなことはできない」と最初から諦めてしまうピュアなファンに対し「そうそう、できませんよ恋愛禁止だから」などと言うのではなく、また、もちろん「お金を払えばできます」なんて野暮なことを言うのでもない(そもそも、お金を払ってのセックスなんてファンは求めていない)。

ただ、恋愛とその先にあるものとして「ファンでもセックスできるアイドル」である可能性の芽を摘まなかった。
(その形で残した、ということが今回の大事なポイント。たぶん)

だって、週刊文春の記事の通りなら、ファンががんばって握手会に通い詰めたりSNSで好きだと公言していれば(ソーシャルとかバイラルとかそういうアレをしていれば)、メンバーの方から来てくれるかもしれないんですよ。

家に呼んでくれたり、ふたりでがんばって初めてのセックスに至ったり、「諦めれん」「ここまで好きになったのはじめて」「これからも好きです」とか言ってくれるんですよ。いじらしいにも程がある。

つまり、いつだって「相手が好きになるの待ち」な「性欲より恋愛欲」の草食系・非リア充のぼくらのやり方で(だって、繰り返しますが、文春によればAKBの方から来てくれるんですよ?)、アイドルと最低でも"お友達"(指原生謝罪コメントより)、きっとおそらくはセックスまで、進める可能性があるという衝撃の事実。

ファンと結婚した元アイドルはいても、全力で受け身の草食非リア充向けに恋愛を提供してくれるアイドルなんて聞いたことがない。

大事なことなので、もう一度書く。

今回の文春記事の暴露男は(それが全て事実なら、AKBなど関係なく恥知らずな人間としてのクズであるという説には同意しますが)、何も彼の方からアイドル・指原にぐいぐい押し込んだわけではない。握手会の隙をついて口説いたわけでも、コネやカネで忍び寄ったわけでもない。
ただ、ファンとしての非リア充草食系な活動をしていただけで、AKBのメンバーとセックスすることができた(と、記事は伝えている)。

これは色恋営業どころの話ではない。その芽をつぶさずに、秋元"先生"は残した。

選挙で3位のゆきりんとだって、"お友達"になれるかもしれない。選挙で圏外の岩田華怜ちゃんと、今のうちなら、なんだか結構なことになるかもしれない。

…これではAKBのCDを買うのをやめるどころではない。応援をやめるどころではない。
「もっと買わなきゃ!」「もっと多方面で応援しなきゃ!」という話になる。
(私はAKBのシングルを買っていませんし、握手会に行ったこともありませんが、まゆゆやゆきりんや岩田華怜ちゃんとお友達になれるならたくさん買ってもいいかも…)

こんなことになってしまうと、「さしこがファンとセックス」というのは、それはもう事実だとして(いくら秋元先生が「本人はしてないって言ってますよー」と言ったところで、余計に「やってんだろ!やってんだろ!」という話にしかならない)、しかしそれが、まったく悪い方に働かない("処女厨"のさしこファンは発狂したとしても)。

現に、週明けのモーニングショーに登場した指原握手会に集ったヲタたちのキラキラしていたこと!彼らの手には、握手券だけじゃない、「セックスできる確率」が、確実に握り締められていた。それが本人の資質(というか外見)によって変動するものだとしても…いや、それだからこそ尚更に(誰だって自己評価は高いんです)。

よくあるアイドル熱愛報道後の狂騒曲にあるような「CDを割る」だの「写真集を焼く」だの、そんなバカなことをしている暇はない。
「うかうかしていたら他のファンがさしことヤッちゃうぞ。握手会へGO!GO!GO!そしてさわやかにオレの存在をアピール!テレビのインタビューでもしっかりさしこの擁護コメントを残すんだぜぇ!いぇ~いさしこ見てるー?」
とハッスルするのが正しい指原ファンのあり方なのである。


▼さて、そんなわけで。
こんなことになってしまうと、もはや文春がほぼ唯一AKBアンチ情報を流せる大メディア(後追いのサイゾーもだけど)であることすら利用した秋元先生の権謀術数ではないのか、と思うことだってできてしまう。
(この勘繰り、いや解釈のゆらぎもまた…)

少なくとも、今後どんな破滅的な記事が載って、それが1億人の目に止まったとしても、きっと秋元"先生"はその上を行く。と、そう思わせた時点で秋元康の戦略的優位は確実であり、もうしばらくAKB神話は続いていくのだろう。


■うろ覚え参考文献:『先生はえらい』(内田樹 ちくまプリマー新書)

※20121113追記:ある種のワードだとGoogleの検索結果でこれと似たような記事が並んで出て来ますが、実はそちらにも私が関わっているので、偶然でも引用でもインスパイアでもありません。基本的に同一内容です。
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