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アンチアンチだと何度言っても、江原信者のブログからトラックバックがついたりするので、もう一度、とてもわかりやすいたとえを用いて、ぼくが江原氏的な何かに対してどういうスタンスなのかを再確認しようと思います。
江原氏的な何かを好きか嫌いか、受け入れるか受け入れないか、という質問は、ぼくにとって、「うんこの天ぷらがおいしいかおいしくないか」、という質問に等しいものです(あくまでもたとえ話です)。

うんこの天ぷらがおいしいかおいしくないかと問われても絶句するように、江原的な何かを好きか嫌いかと問われても、絶句せざるをえない。好き嫌い以前に、出てくるものがあります。

もちろん、スカトロジストにしてみれば、「こんなに美味しいのになんで食べないの?」ということになるだろうし、そもそも食べないぼくのことが、彼らは理解できないかもしれない。そして今、現実に、スカトロジストが増えている。


「サイレン」というゲームをやったことのある人にしかわからないかもしれない話になるけれど、あのゲームでは、プレイヤー(一応、人間)を屍人という、まあ、ゾンビのようなものが襲ってきます。でも、実は悪意があってプレイヤーを殺そうとしているわけではなく、屍人になると見えないものが見え、世界がすごく綺麗に映るようになるので、プレイヤーのためを思って親切心から襲ってくる、というか仲間にしようとする、らしいんですね。ほんと、大きなお世話だ。怖くて最後までやってないからネットで知った話だけど。

現在スピリチュアル的な何かを勧めてくるほどの人がどの程度いるのかはよく知らないけど、数年前では考えられないほど、増えていることは間違いないでしょう。
だけど、屍人的なスカトロジストから(あくまでもたとえ話です)、うんこの天ぷらのようなもの(あくまでもたとえ話ですよ)を勧められても、それはちょっと…とひいてしまうし、たぶんそれはもう、べつに食わず嫌いというわけではなく、おいしいとかおいしくない以前の問題。


だけど、たとえ天ぷらの衣をまとっていたとしても、実は見逃してはならないのは、うんこって、もともとぼくらの体から出てきたものだということ。

今あるスピリチュアル的な何か、江原的な何かというのも、べつに何もないところから湧いて出たものではないし、単純に、江原という稀代の詐欺師がでまかせを並べているだけでもない。

それを受け入れ発展させてしまった土壌というのは、常にぼくら現代日本人の生き様に発しているわけで、それを忘れて、無闇に「うんこくさい、嫌い、消えろ」と叫ぶのも、実は何かが違う。一度、その自分たちの身から出たものを認識した上で、批判するならしないといけない。感情的にあれは悪だ、なんて言っても何の意味もないこと。


とはいえ、人々がうんこの天ぷらを好んで食べ続ける社会というのは、やはり何かがおかしいと思うし(もちろん常にそういう人がどこかにいることは認めるけれど、それが多くの人の主食になるというのは…)、そういう風潮に対して、誰かが(感情的な好き嫌いではない部分で)アンチを叫ばなければならないと思う。あんまりそういう人いないけど。

ぼくがこのブログで言わんとしているのはそういうアンチうんこの天ぷらなことなのだけど、アンチうんこの天ぷらを語ることは、つまりうんこの天ぷらを語らないといけないわけで、傍から見ている"クールな"人々(これはうんこ信者と同罪だと思ったりもするけれど)からみれば、ぼくも同様にうんこまみれのスカトロジストに見えてしまう可能性があるという諸刃の剣。というかむしろうんこ信者からもトラックバックを受けまくる現状というのは、常に批判しているうんこの天ぷら信者から仲間と目されているかもしれないという、諸刃どころかもはや自分の身を傷つけるだけの逆刃刀。


ちなみに昔書いたのはこれ。
スピリチュアルという危機4 完全アンチ宣言。
スピリチュアルな物語3 これは…やばいんじゃ…
スピリチュアルな物語2 ちぐはぐなぼくらのアレ
スピリチュアルな物語、あるいは王様の耳はロバの耳
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