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過去ログ掘り起こし。
仮面ライダー龍騎のオルタナティブについて考えてみた。

オルタナティブについて。(『仮面ライダー龍騎』より)

(2002/11/21)

オルタナティブ。

ライダーたちとは異なるカードデッキを使い、ライダーに対立し、そのバトルを終わらせようと目論む香川。彼もまたライダーである。
いや、むしろ彼こそがライダーではないのか。

話は突然変わるようだが、そもそも、仮面ライダー龍騎というシリーズにおける怪人たち、ミラーワールドのモンスターの存在価値とはいかなるものだっただろうか。

彼らモンスターのデザインは、それはもう秀逸としか言いようがない、見事な、クールで洗練された、かっこいい、いかした、とにかくすごくスタイリッシュだ。しかし、彼らは何を語るでもなく、大抵は黙ってあらわれ物語に絡むこともほとんどないままあっけなく倒されていく。そう、ライダーバトルの合間に。
そしてその名前も属性も、彼らが背負っているかもしれない物語も、ドラマの中で語られることはない。
この傾向は、ライダーと怪人より、ライダーとライダー、そしてライダーと人間の間の葛藤に重点が置かれた仮面ライダーアギトにも見られた傾向だったが、龍騎において、それは一層強まっている。

それも当然の帰結だろう。これは、ライダーとミラーワールドのモンスターの物語ではなく、ライダーとライダーのバトルなのだから。

とはいえ、かつての仮面ライダーシリーズで、物語を動かしてきたのは誰だったのか。
それは怪人たちである。
たとえば身体を改造された本郷猛がショッカーに復讐するという、大きな意味での復讐だけでなく、各話においても、怪人の登場とそれによる被害(それがどんなにささいなものであっても)、それに対する仮面ライダーによる代理復讐。そうやって仮面ライダーによる復讐としての闘いが繰り広げられる仮面ライダーシリーズである。
あるいは、明確な復讐っぽさの薄い『仮面ライダークウガ』にしても、まずグロンギのいないところに、話ははじまらない。
怪人の役割は、仮面ライダー以上に大きい。

その意味での怪人は、最早言うまでもなく龍騎には存在しない。
あるのは、13人のライダーたちの死闘と、そのおまけのような、雑魚キャラ、餌、やられ役。毎回ライダーが死ぬわけでもなし、そのカタルシスへの欲求のはけ口としての、モンスターだけである。
かつて子供達が感じたような恐怖、怪人が持ち得てきたような、都市の闇からいつそれがあらわれるかもしれない畏怖観、それはクウガのグロンギのような、いつあいつらが無差別に殺しにくるかもしれないという恐怖に引き継がれはしたが、龍騎においては、ミラーワールドという世界観を持ちながら、いつ鏡の中からそれがあらわれるかもしれないという恐怖としては決してあらわれない。

では、これは仮面ライダーではないのか。
そうではない。
以前異者理解について触れた回の更新で、その個人のための私闘を繰り広げるライダーの闘いの意味のありかたこそ、ライダー的であると言った(ような気がする)。
しかし、それだけではなかった。
非常にライダー的な欲求から、彼らは闘う。
しかし、同時に、かつて怪人が背負っていた、狂言回しとしての要素も、怪人不在の今、彼らに背負わされている。それは、いかにも怪人的な浅倉威(王蛇)ばかりではない。13人のライダー全てに、怪人的役回りはあらわれている。
そう、彼らは、ライダーとは名ばかり。言ってしまおう。あの13人ライダーは怪人だ。あるいはニセライダーだ。ただ戦い続け、殺し合うだけの怪人なのだ。
これは極論でもなんでもない。

え、それじゃあなにか?ライダーはいないっておまえは言うのか?そんな声も聞こえてくるようだ。
それではますます龍騎なんて仮面ライダーなんかじゃないじゃないか、と。
それはそうだ。あなたたちだって、最初から言ってきたじゃないか、あんなのは仮面ライダーじゃない、って。
ただニセライダーが殺し合う、それは怪人祭りにすぎない。

しかし、そこに、オルタナティブがあらわれた。

デッキも、神崎の手による「ライダー」とは異なる。その姿も、一風変わっているかもしれない。神崎士郎のミラーワールドに関する資料を見た香川の手による、亜流とでも言うべき「ライダー」。だが、そもそもの仮面ライダーの起源を思い起こして欲しい。
本郷猛は、はじめからライダーだったわけではない。ショッカーの技術により改造された彼の身体は、本来怪人となるはずだった身体であり、つまりその起源は、蜘蛛男や蜂女といった怪人達と同じくショッカーの技術である。そして、幸いにして脳改造を免れた本郷=仮面ライダーは、怪人の亜種でありながら、怪人に、そしてショッカーに、対立したにすぎない。

そして、香川=オルタナティブ・ゼロも、神崎士郎という源流は13人の「ライダー」と同じでありながら、その亜流として「ライダー」、そして神崎と対立し続ける。

物語の展開として、彼は死なねばならないかもしれない。少なくとも、神崎の野望をうち砕くことはできまい。
しかし、我々は、この『仮面ライダー龍騎』におけるただ一人の「仮面ライダー」として(仲村君はなかったことに)、心に刻みつけなければならない。
刮目して見よ!真の仮面ライダーの闘いを。

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もちろん、香川のやりかたが真の英雄だ、さすが香川先生!って言ってるわけじゃなく。
あと、上の方で言った、怪人的役回り云々とか、そういうこと言うんだったら、オルタナティブこそ怪人じゃねえの、ってのはもう自分でつっこんどくんで。

あと、仲村君は無視するようなこと言っていますが、実際彼の戦いの根底にあるのは神崎士郎への「復讐」という、実際誰よりもライダー的な動機を持つライダーなんですけど、今回は香川教授リスペクトということで、ご容赦ください。
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