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mixi日記から転載

江原氏番組の誤り認める報告書
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=450083&media_id=2

2年くらい前から江原とかスピリチュアルについてはいろいろ書いてきて(といっても、最初は今でもそのへんの「おれ、いろいろわかってるじゃん」的な人が言いそうな「まあ、それで癒される人がいるんじゃないならいいんじゃないすか」のような何もわかってないダメ人間の主張だったんですけど)、気づくといろんなところで江原的な何かに対して逆風が吹き始めていた昨今。

たとえばmixi日記で江原的なニュースが流れたとき、ほら、mixiニュースって、なんちゅーかツッコミ的なブンカというか、あんまりニュースを肯定するような印象ってなくて、むしろ「なにいっとるんじゃわれ」的なものが多い気がするんですが、その中にあって、江原ニュース(昔はバッシングなんてなかった)に関しては、(昔は)かなりの人が「江原センセイすごいお」的なことを、敢えて日記で主張していて、そういうの気持ち悪いんだよ、って感じだったんですが、この数ヶ月は、江原バッシング記事なんかも出始めて、ニュース日記も、江原バッシングの時流に乗るものが多くなったりしていたんですよね。

そんな中、フジテレビが江原のアレを認めたとかいうこのニュースなんですが。
フジのサイトを見てみると、まあ、べつに大したことは言ってない。
今後スピリチュアルがどうこうというわけではなくて、素人を出すときには気をつけろ、というだけの発表みたいな。
↓こういう感じ。

<番組制作ハンドブック>
第1章 番組制作の姿勢
■ 演出・表現に関して注意するべきこと
1・一般人出演企画は出演者の人権に配慮し、慎重に進めていきましょう
一般人は所謂「芸能人」と異なり出演に際し特段の配慮が必要です。当人の人権を損なうような演出・表現を避けることは言うに及ばず、当人及び家族・親族・関係者にまで、心情に気を配った番組を仕上げていかねばなりません。十分な情報の裏づけを取った上で、きめ細かい同意作業を詰めていき、番組と出演者との信頼関係を築いていくことが必要です。

・一般人にとってテレビに出演することは、我々が考えるより遥かに重い意味を持っていることを十分に自覚し、番組制作にあたっては、細心の注意を払うこと。
・出演する一般人との間に心情のずれを生じ、過度の期待感を抱かせるような説明は避ける。
・所謂「サプライズ」という演出手法を一般人に対して用いる際は、当人やその周辺を傷つけることがないよう、十分な裏づけを取る。
・収録時、収録後、放送前など、さまざまな段階で当人や周辺の心情を配慮した、きめ細かい同意作業を重ねるように心がける。
・できれば、放送後の反応にも気を配ることが望ましい。

http://wwwz.fujitv.co.jp/fujitv/seisyonen/kaitou.html

まあ、つまり「一般人」を出すと、やらせ的な何かをする場合にいろいろ空気読まなかったりして面倒なことになるから気をつけろ、ということですかね。
まさに「放送後の反応」で「実はあれは…」なんて言われて面倒なことになったわけで。
基本的には「一般人」はKYだから気をつけましょうということで、べつに江原がどうこうという内容ではない。


この件をとりあげた他のニュースの見出しなどで、場合によってはフジが江原の非科学性を云々、のようなものも見たのだけど、それについては唯一顧問弁護士か誰かが、
一番の問題点は、スピリチュアル・カウンセリングと称する非科学的、荒唐無稽な霊視を番組の中核に置いたことである。日本民間放送連盟が定めた「放送基準」は、その第54において、「占い、運勢判断およびこれに類するものは、断定したり、無理に信じさせたりするような取り扱いはしない」としている。たしかに、本件番組は、「断定したり」「無理に信じ込ませ」るような取り扱いにはなっていないが、全体として霊視を肯定的に扱っているとの批判は免れがたいようだ。これは、バラエティ番組だから許される、大目に見られるというレベルの問題ではないことを付言しておくとともに、「放送基準」が骨抜きされないよう望みたい。

という部分に言及しているくらいで、実際には、これってフジの意見でも今後の方針でもないわけですが。


とはいえ、そもそも江原が科学的か非科学的かということは、実は何の意味もなさないわけで。

江原が科学的かどうかなんて、議論する時点ですでに江原的な何かの泥沼にはまっているのだけど(議論するまでもなく科学じゃないし)、そもそもスピリチュアル的な人たちは「目に見えないものを否定する人たちっていやーねー」と、あたかも自分たちが「目に見えないものを理解する賢者」であるかのように振舞っているわけで、そこに科学的/非科学的なんて持ち出しても、馬の耳に念仏(あ、念仏っていってもべつに彼らが宗教的にそれって何なのと疑問を抱かざるを得ない死生観を持っているから持ち出したわけではありません)。
むしろ「ゲンダイジンは目に見えないものを…」と、もう聞き飽きたようなことを言って調子に乗るばかり。まじで。

たしかに、「目に見えるものしか信じられない」人は、アレなのかもしれない。
だけど、「目に見えるものだけが真実ではない」ということが「真」だとして、それは、「目に見えないものが真実である」ことにはならない。あたりまえのことですけど。
柴犬だけが犬ではないからと言って、三毛猫は決して犬ではない。それくらいの話。

だけどスピリチュアル派、江原派にしてみれば、「目に見えるものだけが真実ではない」ということが、すなわち「目に見えないこと(=彼らが大好きな江原センセイたちのスピリチュアルなアレ)」が全て真実でありセカイの真理であることに他ならない。

そう、そのりくつはおかしい。

だけど彼らに、その理屈はおかしいと言う言葉は通じない。
科学的/非科学的と言う言葉も、「科学だけが真実ではない」(ここで大昔のキリスト教やらガリレオやらが登場する)⇒「ゲンダイジンにとっての科学」ではない江原肯定への思いをより強固にするばかり。

だけどそれは、たぶんフジテレビの番組がどうとか、江原がどうとか、そんな単純な問題によっておかしな人たちが出てきたのではなく、もともと、下地としてあったもののはずです。

これは前に江原日記を書いた時に書いたもので、というか同じようなことはそれまでもずっと書いていたのだけど↓

江原は、たまたまスピリチュアルというネタが一発当たった芸人にすぎない気がします。
ただ、それを必要以上に信じ、どうにもならない自分の人生、働き蟻、社会の歯車としての匹夫の生に我慢できないものの、しかしどうにも動かしようがない自分の人生を、江原的な前世や来世に仮託してしまう人が多くいること、そして、そういう人を多く生み出してしまう現代。本当は、そういうところに目を向けないといけないのに、今もまた、単に江原一人を糾弾する(するのか?)のみで終わってしまうかもしれない。

本当は、そんなトカゲのしっぽ切り的な、思考の断絶した世の中の方が、気になりますよぼくは。

たとえば、セカイ系なんて言葉がどうも最近かなり廃れている気がするので、そういう単語を使うのが難しい今日この頃なのだけど、たとえば、そのへんの地方都市の郊外からさらにひとまわり外に出たあたりに住んでいる主婦が、43歳くらいになって、ふと、自分の人生における物語の欠如に気付く。半径数メートル以内のセカイとの接触のみで繰り返される日々の営み。自分は「物語」の主役じゃなかったのか。こんなはずじゃなかった。冴えない夫と、ものにならない子供たち(ここで多少夢を持てればまだいい)。自分をここから救い出す昼ドラ・韓流的王子の出現なんてあるわけない(その非現実性には気付ける)。家とジャスコの往復だけで、一生終わってしまうのか。
ふりかえっても前を見ても、闇、闇、闇。
おそらく日本中にかなりの数がいる、そんな物語の欠如に絶望した人たちにとって、今唯一救いの「物語」を提示しているのが、江原であり、あるいはそれに類似したスピリチュアルなんちゃらと呼ばれるような人たちや、スピリチュアル的なセカイそのもの。
あるはずだった「物語」が、前世や来世という不確実なものの、その不確実さ(でっちあげやすさ)ゆえに、救いを与える物語として機能する。

ちゅーか、救いとか物語とかずっと前から書いてきたのだけど、こないだ本田透(『電波男』とか書いた人)のケータイ小説に関する新書を読んでいたら、ほぼ同じようなことを言っていたので、まあ、なんというか、ほんと、誰でも思いつくものなんだなあ、って感じで、もう、今更ぼくが書くことでもないような気がしてきました。
文化的遺伝子ってものもありますしね。

というわけで、なんかもうどうでもよくなってしまった。

=================
↓全部自分用参考資料

スピリチュアルという危機
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-category-7.html

ファーストコンタクト[1] はじまりは、江原あるある(やらせ)問題日記。
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-108.html
スピリチュアルという危機に関するメモ。やりすぎセカイ系。
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-109.html
スピリチュアリズムの倫理と資本主義の精神
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-117.html
[違和感メモ] みんなが主役説(スピリチュアルの前振りとして)
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-126.html
小学校レベルの欺瞞とスピリチュアル。他
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-125.html本を読まないとバカになる。
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-139.html
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