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過去ログ掘り起こし。
アバレンジャーと仮面ライダーファイズの感想から。

感想から抜粋2(アバレンジャー・仮面ライダー555)

(2003/06/12)

仮面ライダー555第20話アバレンジャー第17話を見た後で、両者におけるヒーローのあり方を比較してみたやつを抜粋。

ちなみにアバレンジャーでのかっぽれはほんとに絶品でした。

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○アバレ
かっぽれかっぽれ。
ぱっと見おバカ系のお話かと思いきや、彼らの戦う根元的な部分、平和とはなにか、という問題にこっそり立ち向かった作品。

実際、無心に戦うだけ…では、いくら暴れたって優しさを知ることなんて不可能であり、こういう気遣いはヒーローものを描くときにかならず必要になるもの。

ということで、今回、かつてエヴォリアン(悪役。地球の平行世界を支配していた)の恐怖の中で暮らしていたブラック(その平行世界からやってきた)のトラウマが、彼の中で、平和とはなにか、ということを見失わせる。つまり、戦う目的自体を失ってしまう。まあ、あいつらなんてどうせ、敵が来た→人とか街とかてんてこまい→復讐するぜ、ってことやってればいいんだけどな。まあ、たまにはね。
で、レッド、イエロー、ブルーの三人は、そんなブラックに対し、なんらかの答えを示すことはできなかったが、カレー屋のじいさん(おやっさんみたいな役どころ。今回の事件を引き起こした張本人狂言回し)の、戦争体験が、ブラックの記憶にシンクロし、ブラックを平和とはなにかというものの再認識へと導いていくことになる(ついでに、特撮作品、それも戦隊もので、戦争(太平洋戦争)の傷跡を何度も描き続けるという点には、驚きと同時に、好感を禁じ得ない)。

そもそも平和とはなにか、それに慣れすぎたぼくらも、見失っているのかもしれない…、なんてありきたりなオチはさておき(実際平和ぼけしたぼくらが、なんとなく平和ってこんな感じ、というのはわかっているけど、それが本当に平和なのかと問われればかならずしもそうではない、という曖昧な感覚は、レッド、イエロー、ブルーの姿に集約されていたようにも思える。ラストのエゴむき出しのスイカの奪い合いにしてもそう)。

なにはともあれ、平和を見失っている間はブラック自身変身することすらかなわない、というのは好感が持てた。
アバレンジャーたちの力の根源、ダイノガッツは、その暴力を、ただの無意味な暴力としては決して使わせることはない。そこに「正義」がなければ、彼ら自身のものであるその力を使うことはありえない。
ここでただの正義ではない、かっこつきの「正義」とした理由は、おそらく次回八面六臂の大活躍をするであろう、白いアバレンジャーの姿を見ていただければわかる、はず(ヒント:例としてはアメリカンな「正義」とか?白装束の人たちの「正義」とか?)。

とりあえず正義ってのは多義的で、使い手によっていくらでも変化するのは今更言うまでもないことだけど、それに対し平和っていうのは、一見ぼんやりとしてわかりにくいかもしれないものでありながら、実際大抵の場合は、つまり、今までのヒーローの文脈の中では、問題なく使われ続けてきた。
まず平和ありき。そこに、エヴォリアンなりショッカーなりの異物が侵入し、それを乱す。そうやって乱れ、失われた平和を取り戻すために、アバレンジャーなり仮面ライダーなりが、戦う。一見永劫回帰的に繰り返すように思われた日本的ヒーローの系譜の根幹を成す構造であり、戦隊ものの文脈では、これからも語られ続けていく主題であろう。

それに対し、その永劫回帰の文脈から逸脱したかもしれないシリーズが、最近の仮面ライダーなのであるが。

○仮面ライダー555
青ワニワニオルフェノク(チワワの黒人)、朱ムカデムカデオルフェノク(北條さん)に続き、銀エビエビオルフェノク(小粋なバーテン)登場。小粋に裏切り者のオルフェノクを退治していくのであります。ついでにこれからいい感じに話を動かしてくれそうな若手オルフェノクも登場。
ちなみに、エビのお姉さんに絡まれたときの北條さんの態度から察するに、童貞って役どころなのかな。ムカデは。

というのとは別のところで、真理タン(ぷに)←海堂(蛇)←結花タン(鶴)←啓太郎ちゃん、という真夏の夜の夢も、展開中。
この更新をこんな部分まで読んでいる人には今更言うことでもないけど、アバレの項で書いたように永劫回帰の呪縛から抜け出した(?)新しい仮面ライダーのあり方を象徴する要素の一つが、こういった微妙な運命の糸の絡み合い。

蛇足とは思いつつわからないあなたのために説明しておくと、恋のさや当てを繰り返す海堂や結花タンってのは、ただの人間でなく、オルフェノクという別の種、旧来のライダーでいえば怪人的な存在の人たち。で、オルフェノクってのも昔の怪人みたいに一枚岩で人間を襲うってわけではなくて、前述の二人にリーダー格の木場さん(馬オルフェノク)を加えた三人は、オルフェノクのメインストリームには対峙し、メインストリームオルフェノクの側から攻撃まで受けるという、どこかで見てきたような構図、ぶっちゃけ、仮面ライダーの原点(彼ら自身の力の根源は、ショッカーによる改造という、怪人と同等のものでありながら、その力を以て怪人に対峙するという)と同じ。
で、同じく恋の堂々巡りに参加している真理タンだとか啓太郎ちゃんってのは、たっくん(主人公=555)と一つ屋根の下で過ごしているようなやつらなわけね。

そして、以上のラヴゲームとはちょっと離れている人たち(木場くんとたっくん)は、まあ、二人でよろしくやってるっていうね(たぶんこれからも)。

そして燃える終盤、あっち(エビとかムカデ)の物語と、こっち(結花タンの風邪がSARS並に感染してダウンしたラヴマシーン4人のおかげでかり出された木場くん&たっくん)の物語が融合。へろへろの二人の前に、555のベルトを奪い、555に変身したムカデオルフェノクが…。ってことで燃えながら来週に。

アバレのところで書いたように、平和とはなにかを見失ったアバレブラックが変身すらできなかったのに対し、だれでも(悪役でも)555になれるというこの最新流行のヒーローのありかたは、あまりにも、悲しい。
実際この物語の初期にもそういうエピソードはあったが、再びベルトが奪われ、再び悪役が変身(あ、海堂も変身してたから、三たびってことになるか)。もちろん、そんなアイデア自体は、リモコンを奪われれば簡単に悪にでもなる鉄人28号以来珍しいものではないのかもしれないが。
しかし、そこで奪われたのは、単にベルトだけではない。ヒーローの、ヒーローであるがゆえの唯一無二としての性格。ヒーローのアウラ。

一応、ぼくたちのヒーローなんてコンテンツ(忘れてたけど)もあるこのサイトなので、その性質についてはいつか機会を見つけて、あらためて記すことにしておく(というか、たぶん555の話なんかは二転三転すると思うので、あまり早い段階でいろいろ言わないほうが無難か)。
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