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2008.05.28
続・家でやろう(とか言われると腹が立つ)
こないだ、「家でやろう。」のポスターについて日記に書いたんですけど、いまだに地下鉄に乗ると、家でやろうのコピーが印象的なメイク中の女性をアレしたポスターが目につきます。
(東京メトロの家でやろうページ:http://www.tokyometro.jp/anshin/kaiteki/poster/index.html)
東京メトロとか関係ない人には、どうでもいい日記ですみません。
そもそもおマナーというお言葉がぼくは好きではないのでアレなんですが、何度そのポスターを見ても、わざわざ少なくない予算を使ってまで車内メイクを槍玉にアレするのってどうなの?という気持ちは変わりません。
べつに、車内メイクを推奨して、みなさん是非車内でやりましょうねーというつもりは毛頭ないけど、わざわざ電車の中でメイクすることが「おマナー」にお違反しておる、とかいうおじさん(おばさんも?)たちの感覚は、こないだはキャバクラでキャバ嬢にお説教するおじさんのような、と書いたけど(そんなの本当にいるのか知らないけど)、なんというか、やっぱり気持ち悪い。
どうもそこでは、女子はかわいくて当然、おねえさんは美人で当然、もしくは、それなりの人はそれなりで当然、というのが前提のようになっている気がします。
(ちなみに、なぜか海外に行くとものすごく残念な女子の割合が非常に高いのは、普段の完全版メイクではないことが大きな原因だと思うんですが、どうなんでしょうか。鬼みたいな顔の3人組が、ビデオで自分撮りしながら「いまぁ〜ライン川くだりぃのフネに乗ってまぁ〜すギャー」とか言っていると、呆然と、国辱とはこのことだっけ、とすら思ったりするんですが)
たしかに、女子はかわいい。できることなら女子になりたい。
けど、それって一朝一夕で成り立っているものではなくて(いや、実際はまさに一朝だったり、人によっては一夕だったりで作っているものですけど、そういう意味ではなくて)。
だけど、電車の中でメイクするのはけしからんと高らかに謳うおじさんたちの精神の根底には、女子はかわいくて然るべきもの、あるいは、それなりの人はもともとそれなり、という甘えがある気がしてならない。
とりあえず、そういういやらしい甘えは捨てた方がいい。
いや、もちろん皆様もとから大変お美しいのは存じ上げておるわけですが、ただ、メイク様のおかげをもって、この世界が光り輝いておるということも忘れてはならないと思うわけで。
たしかに、電車の中で人目もはばからず(あるいはそこにある人目は、もはや”人目”ではない)メイクするというのは、公共心の低下をあらわす指標の一つだというのはぼくだって納得できるし、そこに象徴された公共心の低下というのは、全体的に見て由々しき問題だとは思います。メイク女子に限らず。
それは、単純に公共心が低下したということよりも、電車を降りて辿り着く目的地(学校だったり会社だったり)にある小さな「セカイ」のみが各個人の世界の全てであり、電車の中は、セカイを構成する要素ではない、もしくは無視しても構わない超下位要素にすぎないという、セカイ系的価値観のあらわれなのかもしれません。
ただ、そこで問題とすべきは、その、ごく狭小な価値観でこそあれ、車内メイクという行為ではない。断じて違う。
仮に、この東京メトロ様のお達しの力で、誰もが家でしかメイクしないようになったとしても、そのセカイ系的アレの蔓延には何の関係もない。
(自分用参考リンク:http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/?q=%A5%BB%A5%AB%A5%A4%B7%CF 過去に書いたセカイ系的価値観のアレ)
で、なんでしたっけ。
そうそう、車内メイク自体が、そこまで槍玉にあげるほどのものだとは、何度考えても思えない。そもそも、マナーとかエチケットの範疇だと思えないし。
むしろ、その行為に対して「家でやろう」なんて狂信的おマナーの押しつけを行ってしまう傲慢、あるいは、そういうポスターを見て「ほ〜らオレが今まで言ってた通りだ」とあたかもシャカイセイギの追い風を受けたかのように追随する偏狭な価値観。
そちら側にこそ、自分の価値観のセイギを信じてしまえる幸福な愚かさと、その貧相なセイギによって成り立ち得るセカイの息吹を感じてしまいます。
しかし、今までは、無邪気に女性本来の美(メイクに頼らない)のみを妄信できた人たちが勝手に、「大和撫子の嗜み云々」「醜女は何しても無駄だから云々」と言っていたに過ぎないことが、いつのまにか東京メトロ様の大いなる意思によって、悪決定、となった、いわば公認悪の誕生を迎えてしまったわけで。
そもそも車内でメイクすることを「悪」「マナー違反」と断じている人たちは、きっと本当はメイクする女性の良識とか公共心を問題視しているわけじゃなくて、むしろ、自分がその「セカイ」の範疇の外にいること、他人にとってはたとえばジャガイモと変わらない程度の重みですらない存在になってしまうこと、そんな当たり前の事実、あるいは人間そのものが持つ真の孤独をつい認識させられてしまうことに我慢できないんじゃないでしょうか。
しかしそれを自ら理解しているのかどうか、はずかしげもなくメイクガールたちのセカイに、自分のセカイをぶつけてしまう大人気なさ。
実はそれこそ、「家でやれよ」と言われるべきものかもしれませんね。
とりあえず、そのへんのブログとかmixi日記の多くがこのポスターを賞賛し、「アチキもそう思っていたでやんす」とか口々に褒めそやしても、ぼくは徹底的にこのポスターは認めたくない(前の日記に書いたような、偏屈な老人たちが「電車でお化粧する女性はヤマトナデシコとして恥ずべき行為であり、家でやろう」と朝日新聞に投稿するような言論の自由は認めますが、それを悪公認してしまうのは違うだろうと)。
たとえそのデザインは大好きで、少なくともここ数年のマナーポスターとは雲泥の差であることは間違いないにしても、そこにある、すごくいやらしい感じが露骨にあらわれている限り、今後もこっそりアンチ日記を書き続けると思います。
(東京メトロの家でやろうページ:http://www.tokyometro.jp/anshin/kaiteki/poster/index.html)
東京メトロとか関係ない人には、どうでもいい日記ですみません。
そもそもおマナーというお言葉がぼくは好きではないのでアレなんですが、何度そのポスターを見ても、わざわざ少なくない予算を使ってまで車内メイクを槍玉にアレするのってどうなの?という気持ちは変わりません。
べつに、車内メイクを推奨して、みなさん是非車内でやりましょうねーというつもりは毛頭ないけど、わざわざ電車の中でメイクすることが「おマナー」にお違反しておる、とかいうおじさん(おばさんも?)たちの感覚は、こないだはキャバクラでキャバ嬢にお説教するおじさんのような、と書いたけど(そんなの本当にいるのか知らないけど)、なんというか、やっぱり気持ち悪い。
どうもそこでは、女子はかわいくて当然、おねえさんは美人で当然、もしくは、それなりの人はそれなりで当然、というのが前提のようになっている気がします。
(ちなみに、なぜか海外に行くとものすごく残念な女子の割合が非常に高いのは、普段の完全版メイクではないことが大きな原因だと思うんですが、どうなんでしょうか。鬼みたいな顔の3人組が、ビデオで自分撮りしながら「いまぁ〜ライン川くだりぃのフネに乗ってまぁ〜すギャー」とか言っていると、呆然と、国辱とはこのことだっけ、とすら思ったりするんですが)
たしかに、女子はかわいい。できることなら女子になりたい。
けど、それって一朝一夕で成り立っているものではなくて(いや、実際はまさに一朝だったり、人によっては一夕だったりで作っているものですけど、そういう意味ではなくて)。
だけど、電車の中でメイクするのはけしからんと高らかに謳うおじさんたちの精神の根底には、女子はかわいくて然るべきもの、あるいは、それなりの人はもともとそれなり、という甘えがある気がしてならない。
とりあえず、そういういやらしい甘えは捨てた方がいい。
いや、もちろん皆様もとから大変お美しいのは存じ上げておるわけですが、ただ、メイク様のおかげをもって、この世界が光り輝いておるということも忘れてはならないと思うわけで。
たしかに、電車の中で人目もはばからず(あるいはそこにある人目は、もはや”人目”ではない)メイクするというのは、公共心の低下をあらわす指標の一つだというのはぼくだって納得できるし、そこに象徴された公共心の低下というのは、全体的に見て由々しき問題だとは思います。メイク女子に限らず。
それは、単純に公共心が低下したということよりも、電車を降りて辿り着く目的地(学校だったり会社だったり)にある小さな「セカイ」のみが各個人の世界の全てであり、電車の中は、セカイを構成する要素ではない、もしくは無視しても構わない超下位要素にすぎないという、セカイ系的価値観のあらわれなのかもしれません。
ただ、そこで問題とすべきは、その、ごく狭小な価値観でこそあれ、車内メイクという行為ではない。断じて違う。
仮に、この東京メトロ様のお達しの力で、誰もが家でしかメイクしないようになったとしても、そのセカイ系的アレの蔓延には何の関係もない。
(自分用参考リンク:http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/?q=%A5%BB%A5%AB%A5%A4%B7%CF 過去に書いたセカイ系的価値観のアレ)
で、なんでしたっけ。
そうそう、車内メイク自体が、そこまで槍玉にあげるほどのものだとは、何度考えても思えない。そもそも、マナーとかエチケットの範疇だと思えないし。
むしろ、その行為に対して「家でやろう」なんて狂信的おマナーの押しつけを行ってしまう傲慢、あるいは、そういうポスターを見て「ほ〜らオレが今まで言ってた通りだ」とあたかもシャカイセイギの追い風を受けたかのように追随する偏狭な価値観。
そちら側にこそ、自分の価値観のセイギを信じてしまえる幸福な愚かさと、その貧相なセイギによって成り立ち得るセカイの息吹を感じてしまいます。
しかし、今までは、無邪気に女性本来の美(メイクに頼らない)のみを妄信できた人たちが勝手に、「大和撫子の嗜み云々」「醜女は何しても無駄だから云々」と言っていたに過ぎないことが、いつのまにか東京メトロ様の大いなる意思によって、悪決定、となった、いわば公認悪の誕生を迎えてしまったわけで。
そもそも車内でメイクすることを「悪」「マナー違反」と断じている人たちは、きっと本当はメイクする女性の良識とか公共心を問題視しているわけじゃなくて、むしろ、自分がその「セカイ」の範疇の外にいること、他人にとってはたとえばジャガイモと変わらない程度の重みですらない存在になってしまうこと、そんな当たり前の事実、あるいは人間そのものが持つ真の孤独をつい認識させられてしまうことに我慢できないんじゃないでしょうか。
しかしそれを自ら理解しているのかどうか、はずかしげもなくメイクガールたちのセカイに、自分のセカイをぶつけてしまう大人気なさ。
実はそれこそ、「家でやれよ」と言われるべきものかもしれませんね。
とりあえず、そのへんのブログとかmixi日記の多くがこのポスターを賞賛し、「アチキもそう思っていたでやんす」とか口々に褒めそやしても、ぼくは徹底的にこのポスターは認めたくない(前の日記に書いたような、偏屈な老人たちが「電車でお化粧する女性はヤマトナデシコとして恥ずべき行為であり、家でやろう」と朝日新聞に投稿するような言論の自由は認めますが、それを悪公認してしまうのは違うだろうと)。
たとえそのデザインは大好きで、少なくともここ数年のマナーポスターとは雲泥の差であることは間違いないにしても、そこにある、すごくいやらしい感じが露骨にあらわれている限り、今後もこっそりアンチ日記を書き続けると思います。
ふわりんか
こんちわ、東京メトロのポスターがらみでこちらにたどり着きました!
そっか〜博士怪獣さん(でよろしいのでしょうか・・・)のように思う人もいるんだなーと、人間関係ってホントに難しいなとつくづく思いました。
私は家でやろうシリーズは実は大好きです。
キレイになろうと努力することと、公共の場で化粧するのとはやっぱ違うから・・・
身だしなみというなら電車内で男が髭剃りするのはどうだろうか?
男は汚ねえから駄目、というなら感情論になってしまう。
要はTPOを考えようぜってことだと思いますが。
そういのはジブンチでやってよ、って。
この間自分の乗った電車内では化粧のあと髪の毛とかしてムースをジューッツって出してたおなごがいらっしゃいました。。。
これもさ、女だとか化粧とかムースって一部分じゃなくてそういう事自体ジブンチでやってくれよって思うわけです。(便所でもいいが)
あと、少なくともあーゆーポスターが出来るということは不快に思う人の方が大多数ってことではないでしょうか。
社会では大多数の意見をうまく取り入れながら回してゆく必要があるわけで・・・波風立てずにいくのは難しいですね(^^)
そっか〜博士怪獣さん(でよろしいのでしょうか・・・)のように思う人もいるんだなーと、人間関係ってホントに難しいなとつくづく思いました。
私は家でやろうシリーズは実は大好きです。
キレイになろうと努力することと、公共の場で化粧するのとはやっぱ違うから・・・
身だしなみというなら電車内で男が髭剃りするのはどうだろうか?
男は汚ねえから駄目、というなら感情論になってしまう。
要はTPOを考えようぜってことだと思いますが。
そういのはジブンチでやってよ、って。
この間自分の乗った電車内では化粧のあと髪の毛とかしてムースをジューッツって出してたおなごがいらっしゃいました。。。
これもさ、女だとか化粧とかムースって一部分じゃなくてそういう事自体ジブンチでやってくれよって思うわけです。(便所でもいいが)
あと、少なくともあーゆーポスターが出来るということは不快に思う人の方が大多数ってことではないでしょうか。
社会では大多数の意見をうまく取り入れながら回してゆく必要があるわけで・・・波風立てずにいくのは難しいですね(^^)
2008/07/21 Mon 11:45 URL [ Edit ]
3116
すみません、このブログ書いてる人間ですが(博士怪獣ってなんですか?)、ちょっとぼくは学がなくてふわりんかさんの言っていることがよくわかりませんでした。
(ちなみに、この前の話もブログに載せているんですが、それも踏まえてのコメントですよね?
参考: http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-194.html )
とりあえず愚かなぼくなりに読ませていただいたのですが
>私は家でやろうシリーズは実は大好きです。
はい、そうですか。わざわざ宣言ありがとうございます。
ぼくも、あのポスターシリーズは嫌いじゃありません(一応このコメントを最後までお読みいただければ、嫌いなのはあのシリーズではなく、もっと違う部分なのだとおわかりいただけるかと思います)。
それに、もちろん、あれが好きだという人が好きだと宣言する権利も守られるべきだと思います。
実は、なんて言われなくても相当な数の方がアレ好き宣言しているので、堂々としていてください。
>身だしなみというなら電車内で男が髭剃り
このくだりが、結局何が言いたいのかわからないんですが、えーと、何が言いたいんですか?
べつにぼくは、女の人の化粧がよくて男のひげそりが「汚いからダメ☆」なんて書いていませんが(たぶん)。良識の範囲内であれば、べつに剃っても構いませんよ。ふわりんかさんも是非剃ってください。
ちゅーか、ひげそり汚いですか?その価値観はどうかと思いますが、そういう変な価値観が、メイクは家でというポスターを手放しで肯定しちゃうんですかね。
あと、
>男は汚ねえから駄目、というなら感情論になってしまう。
ということですが、それが感情論というのなら、女性がメイクを云々という"ご意見"は、感情論じゃないんですか?
>この間自分の乗った電車内では
よくいますよね。自分の数少ない経験をセカイの全てだと認識しがちな人。あ、ふわりんかさんがそうだとは言いませんし、ぼく自身そういう部分はかなりありますが。
まあ、ぼくにもそういう部分があることを堰堤に言わせてもらうと、半分公共領域的な部分でひげを剃る男なんていくらでも見たことありますよ。
>少なくともあーゆーポスターが出来るということは不快に思う人の方が大多数ってことではないでしょうか
はあ。それで?
やっぱ多数派はセイギですか?
他のエントリで書いたことなんですが、それがセイギなら、無法でたくさんだ。
>社会では大多数の意見をうまく取り入れながら回してゆく必要があるわけで
本当にそうですか?本気でそう思っていますか?
やっぱりあれですか、マイノリティは波風なんて決して立てることなく、黙ってシャカイに押しつぶされて死んで行けという立場の方ですか?
もう一度言います。無法でたくさんだ。
ちゅーか、これはずいぶん前に書いた文章だったので読み返してみたんですが、ぼくが言いたいことが仮にこういう部分だとしたら
↓
==引用ここから==
そうそう、車内メイク自体が、そこまで槍玉にあげるほどのものだとは、何度考えても思えない。そもそも、マナーとかエチケットの範疇だと思えないし。
むしろ、その行為に対して「家でやろう」なんて狂信的おマナーの押しつけを行ってしまう傲慢、あるいは、そういうポスターを見て「ほ〜らオレが今まで言ってた通りだ」とあたかもシャカイセイギの追い風を受けたかのように追随する偏狭な価値観。
そちら側にこそ、自分の価値観のセイギを信じてしまえる幸福な愚かさと、その貧相なセイギによって成り立ち得るセカイの息吹を感じてしまいます。
しかし、今までは、無邪気に女性本来の美(メイクに頼らない)のみを妄信できた人たちが勝手に、「大和撫子の嗜み云々」「醜女は何しても無駄だから云々」と言っていたに過ぎないことが、いつのまにか東京メトロ様の大いなる意思によって、悪決定、となった、いわば公認悪の誕生を迎えてしまったわけで。
そもそも車内でメイクすることを「悪」「マナー違反」と断じている人たちは、きっと本当はメイクする女性の良識とか公共心を問題視しているわけじゃなくて、むしろ、自分がその「セカイ」の範疇の外にいること、他人にとってはたとえばジャガイモと変わらない程度の重みですらない存在になってしまうこと、そんな当たり前の事実、あるいは人間そのものが持つ真の孤独をつい認識させられてしまうことに我慢できないんじゃないでしょうか。
しかしそれを自ら理解しているのかどうか、はずかしげもなくメイクガールたちのセカイに、自分のセカイをぶつけてしまう大人気なさ。
実はそれこそ、「家でやれよ」と言われるべきものかもしれませんね。
==引用ここまで==
ふわりんかさんが読んだのは最初の2〜3行だと思うんですが、実はここではそれはどうでもいいことなんですよね。
なので、ぼくからしたら、ふわりんかさんが何言ってるかよくわからないのも道理だと思いますし、このコメントのレスも、ふわりんかさんからしてみたら意味がわからないかもしれません。
まあ、ぼくから言えることは、「波風立てずにいくのは難しいですね」なんて言わずに、もっと波風立てるくらいのつもりでもいいんじゃないか、なーんてね。
まあ、ふわりんかさんの文体は、着物とか好きそうなオタク女っぽい(ふわりさんが男か女か存じ上げませんが)というか、乱暴な言葉(汚い言葉、という言われ方をされることもあるでしょう)をわざわざ選んで使うことで気さくなアタシをアピールする的なアレに近いので、十分波風を立ててきたことと思いますが。
ネット文体ってそれぞれにあるので(ぼくもそうです)、それはもう皆様ご自由にと思いますが、ひょっとしたら、あれですか?波風立てずにいくのは難しいというのは実感としてのお言葉でしょうか。
何はともあれ、コメントありがとうございました。
(ちなみに、この前の話もブログに載せているんですが、それも踏まえてのコメントですよね?
参考: http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-194.html )
とりあえず愚かなぼくなりに読ませていただいたのですが
>私は家でやろうシリーズは実は大好きです。
はい、そうですか。わざわざ宣言ありがとうございます。
ぼくも、あのポスターシリーズは嫌いじゃありません(一応このコメントを最後までお読みいただければ、嫌いなのはあのシリーズではなく、もっと違う部分なのだとおわかりいただけるかと思います)。
それに、もちろん、あれが好きだという人が好きだと宣言する権利も守られるべきだと思います。
実は、なんて言われなくても相当な数の方がアレ好き宣言しているので、堂々としていてください。
>身だしなみというなら電車内で男が髭剃り
このくだりが、結局何が言いたいのかわからないんですが、えーと、何が言いたいんですか?
べつにぼくは、女の人の化粧がよくて男のひげそりが「汚いからダメ☆」なんて書いていませんが(たぶん)。良識の範囲内であれば、べつに剃っても構いませんよ。ふわりんかさんも是非剃ってください。
ちゅーか、ひげそり汚いですか?その価値観はどうかと思いますが、そういう変な価値観が、メイクは家でというポスターを手放しで肯定しちゃうんですかね。
あと、
>男は汚ねえから駄目、というなら感情論になってしまう。
ということですが、それが感情論というのなら、女性がメイクを云々という"ご意見"は、感情論じゃないんですか?
>この間自分の乗った電車内では
よくいますよね。自分の数少ない経験をセカイの全てだと認識しがちな人。あ、ふわりんかさんがそうだとは言いませんし、ぼく自身そういう部分はかなりありますが。
まあ、ぼくにもそういう部分があることを堰堤に言わせてもらうと、半分公共領域的な部分でひげを剃る男なんていくらでも見たことありますよ。
>少なくともあーゆーポスターが出来るということは不快に思う人の方が大多数ってことではないでしょうか
はあ。それで?
やっぱ多数派はセイギですか?
他のエントリで書いたことなんですが、それがセイギなら、無法でたくさんだ。
>社会では大多数の意見をうまく取り入れながら回してゆく必要があるわけで
本当にそうですか?本気でそう思っていますか?
やっぱりあれですか、マイノリティは波風なんて決して立てることなく、黙ってシャカイに押しつぶされて死んで行けという立場の方ですか?
もう一度言います。無法でたくさんだ。
ちゅーか、これはずいぶん前に書いた文章だったので読み返してみたんですが、ぼくが言いたいことが仮にこういう部分だとしたら
↓
==引用ここから==
そうそう、車内メイク自体が、そこまで槍玉にあげるほどのものだとは、何度考えても思えない。そもそも、マナーとかエチケットの範疇だと思えないし。
むしろ、その行為に対して「家でやろう」なんて狂信的おマナーの押しつけを行ってしまう傲慢、あるいは、そういうポスターを見て「ほ〜らオレが今まで言ってた通りだ」とあたかもシャカイセイギの追い風を受けたかのように追随する偏狭な価値観。
そちら側にこそ、自分の価値観のセイギを信じてしまえる幸福な愚かさと、その貧相なセイギによって成り立ち得るセカイの息吹を感じてしまいます。
しかし、今までは、無邪気に女性本来の美(メイクに頼らない)のみを妄信できた人たちが勝手に、「大和撫子の嗜み云々」「醜女は何しても無駄だから云々」と言っていたに過ぎないことが、いつのまにか東京メトロ様の大いなる意思によって、悪決定、となった、いわば公認悪の誕生を迎えてしまったわけで。
そもそも車内でメイクすることを「悪」「マナー違反」と断じている人たちは、きっと本当はメイクする女性の良識とか公共心を問題視しているわけじゃなくて、むしろ、自分がその「セカイ」の範疇の外にいること、他人にとってはたとえばジャガイモと変わらない程度の重みですらない存在になってしまうこと、そんな当たり前の事実、あるいは人間そのものが持つ真の孤独をつい認識させられてしまうことに我慢できないんじゃないでしょうか。
しかしそれを自ら理解しているのかどうか、はずかしげもなくメイクガールたちのセカイに、自分のセカイをぶつけてしまう大人気なさ。
実はそれこそ、「家でやれよ」と言われるべきものかもしれませんね。
==引用ここまで==
ふわりんかさんが読んだのは最初の2〜3行だと思うんですが、実はここではそれはどうでもいいことなんですよね。
なので、ぼくからしたら、ふわりんかさんが何言ってるかよくわからないのも道理だと思いますし、このコメントのレスも、ふわりんかさんからしてみたら意味がわからないかもしれません。
まあ、ぼくから言えることは、「波風立てずにいくのは難しいですね」なんて言わずに、もっと波風立てるくらいのつもりでもいいんじゃないか、なーんてね。
まあ、ふわりんかさんの文体は、着物とか好きそうなオタク女っぽい(ふわりさんが男か女か存じ上げませんが)というか、乱暴な言葉(汚い言葉、という言われ方をされることもあるでしょう)をわざわざ選んで使うことで気さくなアタシをアピールする的なアレに近いので、十分波風を立ててきたことと思いますが。
ネット文体ってそれぞれにあるので(ぼくもそうです)、それはもう皆様ご自由にと思いますが、ひょっとしたら、あれですか?波風立てずにいくのは難しいというのは実感としてのお言葉でしょうか。
何はともあれ、コメントありがとうございました。
2008/07/22 Tue 02:06 URL [ Edit ]
3116
あと細かい部分が気になったのでそれもレスしてみます。
>身だしなみというなら
言ってません。
>キレイになろうと努力することと、公共の場で化粧するのとはやっぱ違うから
はい、違いますか。
で、違うことが何か否定する根拠になりますかね。
なりませんよね。
>要はTPOを考えよう
このエントリの本質の一つはそこかもしれませんね。ただふわりさんの言っているものとは違います。
TPOを考えればこそ、電車の中はメイクOKと判断されるのであり、そう判断された空間にいる小さな自分をみとめたくないオトナたちが、キーキー言っているのではないかと。まあ、エントリを読めばわかりますが。
>ジブンチ
ブランチみたいですね。
じゃなくて、境界線の問題については、既に書いているので繰り返しはレスしません。
>人間関係ってホントに難しいなとつくづく思いました
最後になりましたが、このくだり、突然人間関係なんて言われてしまいドッキドキです。
よほど苦労されているんでしょうか。まあ、もし今回書いていただいたような文体(と他人の文章の読めなさと、にも関わらず大上段にコメントできてしまう神経の太さ)で普段からお過ごしでしたら、その人間関係が難しいという切なるお言葉も理解できます。
連休も終わり、また大変な日々が続くかと思いますが、どうぞご自愛ください。
>身だしなみというなら
言ってません。
>キレイになろうと努力することと、公共の場で化粧するのとはやっぱ違うから
はい、違いますか。
で、違うことが何か否定する根拠になりますかね。
なりませんよね。
>要はTPOを考えよう
このエントリの本質の一つはそこかもしれませんね。ただふわりさんの言っているものとは違います。
TPOを考えればこそ、電車の中はメイクOKと判断されるのであり、そう判断された空間にいる小さな自分をみとめたくないオトナたちが、キーキー言っているのではないかと。まあ、エントリを読めばわかりますが。
>ジブンチ
ブランチみたいですね。
じゃなくて、境界線の問題については、既に書いているので繰り返しはレスしません。
>人間関係ってホントに難しいなとつくづく思いました
最後になりましたが、このくだり、突然人間関係なんて言われてしまいドッキドキです。
よほど苦労されているんでしょうか。まあ、もし今回書いていただいたような文体(と他人の文章の読めなさと、にも関わらず大上段にコメントできてしまう神経の太さ)で普段からお過ごしでしたら、その人間関係が難しいという切なるお言葉も理解できます。
連休も終わり、また大変な日々が続くかと思いますが、どうぞご自愛ください。
2008/07/22 Tue 02:29 URL [ Edit ]
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