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過去ログ掘り起こし。
仮面ライダーファイズの感想。

感想から抜粋1(仮面ライダー555)

(2003/03/30)

これは仮面ライダー555第10話を見た後あたりのもの。

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○555
まずは、アギトの系譜的なもの。
アギト化する人間とほぼ同じ位相としての、オルフェノク化する人間たち。
アギトでは結局うやむやになった、アギトと人類の対立の構造が、ここで形を変えて描かれ得る、のか?

さらには、オルフェノク内での展開。
前作、龍騎においては、怪人的なるもの、ミラーワールドのモンスターはただのやられ役、餌にすぎなかったが、555において怪人的なるもの、と呼んでいいであろうオルフェノクの果たす役割は非常に大きい。
かつての怪人たちが、ともすればおろそかにしていたもの、それは戦いの動機であったり、今回のように人間を襲うことを躊躇し、レタスばかりをかじっていたような怪人が、人間を襲いはじめる経緯だとか、もちろんその中でもやはり躊躇いをおぼえるギターの人だとか、同じ力を持ちながら人間側に…なんて、まるで仮面ライダーみたいな(少なくとも今一番ライダー的?)好青年だとか、怪人側の物語を掘り下げていくことはもちろんここ最近の主流と言っていいけれど、特にそれが顕著なこのシリーズ。
そして、それは、クウガのグロンギだとか、ウルトラマンガイアの根源的破滅招来体のような、これまでに高い評価を得てきた「敵側」の枠を既に越えている、のかもしれない。つまり、ここでは便宜的に怪人的なるもの、と呼んだけれど、もはや怪人/ライダーという単純な構造ではない、と。
もちろん、それは特別なことでもなんでもなくて、本来、ヒーローものが怪人によって物語の展開を得ていたことを考えるまでもなく、ヒーローものの中で何か特徴を出そうとしたときに辿り着く一つの極(少なくとも現段階では)と言っていいかもしれない。
といっても、別のメディアを見るまでもなく、それは新しい視点というわけではなくて。いや、むしろ旧来のシリーズでもよく出てきてはいたか。ただ、かなり今回は激しい、みたいな?(結局なにも言ってないのと同じだな)

しかし、いくら敵側が物語を回し続けようと、ライダーがあの現代っ子では、正直普通にライダーとオルフェノクが出会うなんてことありえない。
昔のライダーは、(たぶん)よくパトロールみたいにバイク乗り回していたし、クウガは警察とつながることで未確認の情報を得ていた。あるいは、毛色が違うけれどアギトはアンノウンが出た途端、脳レベルで反応していた。
そして今回、ライダーと怪人とをつなぐメディアの一つになっているのが、洗濯屋のお人好し青年であろう(あとは、いろんな「偶然」とかね)。
ただ、それゆえに、オルフェノクがいくらがんばっても、「ご町内の怪人」的な規模におさまってしまう。これでは、クウガやアギトのような規模での恐怖はあらわれない。だが、「みんなの笑顔」だとかそんな漠然とした動機、ちょっとよくできた人間でもなければ持ち得ないそんな甲斐性(?)でもなければ、ライダーにはなり得なかったクウガやアギトとは異なり、よりわかりやすい動機付けにより、甲斐性なしでもライダーになれる、と示してくれた。
もちろん、そのへんの動機づけの一つの極は龍騎ね。

ライダー自身の卑近さとしてもう一つ挙げられるのが、戦い方。
あんなケンカみたいな戦い方では、痛々しい。けれど、本来の身体性を強く有した彼ら等身大ヒーローの戦いを、非常に強く思い起こさせる。そして、べつに技が2000なくったって、ライダーにはなれちゃうんだ、とりあえず大きな力を得ておもいっきりぶんなぐっときゃいいんだ、とも。ここでヒーローの持つ「力」に思いを馳せていいところ、かな。

いつのまにか無駄に長くなったかも。
放送以外の知識はまったくないので(公式サイトもテレビマガジンも見ていないので)、特にこれからの展開だとか、知らないまま書いたし、めちゃくちゃかもね。
いや、まあ、メモ程度のつもりで書いたから根本的にめちゃくちゃ?
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