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邦人落書きの処分 伊では驚き
http://mainichi.jp/photo/news/20080702k0000m040123000c.html
「教員、大聖堂に落書きで解任の危機」--。イタリア・フィレンツェの大聖堂に落書きをした日本人が、日本国内で停学や務めていた野球部監督の解任など厳しい処分を受けていることに対し、イタリアでは「わが国ではあり得ない厳罰」との驚きが広がっている。

 イタリアの新聞各紙は1日、1面でカラー写真などを使い一斉に報道。メッサジェロ紙は「集団責任を重んじる日本社会の『げんこつ』はあまりに硬く、若い学生も容赦しなかった」と報じる。

 フィレンツェに限らず、イタリアでは古代遺跡はスプレーにまみれ、アルプスの山々には石を組んだ文字があふれる。その大半がイタリア人によるものだ。同紙は「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」と、日本人の措置の厳しさに疑問を投げ掛けた。コリエレ・デラ・セラ紙も「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」と論評した。


落書きの件、前の日記とその前の日記に書いた通り、そのへんの大聖堂(世界遺産クラス)なんて落書きだらけで、実際わざわざ日本の新聞様がニュースとして取り上げるのも異常。これ言うの3回目ですけど。
イタリア落書きの件
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-197.html再びイタリア落書きの件
http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-199.html

で、2回目の日記にも書いた通り、
「良い悪いでいえばもちろん悪い方に振り切れた行為とはいえ、やっぱりいまさらニュースにすることではないし、なんだろう、なんというか、得体の知れない気持ち悪さがある。 最初に短大生の落書きをみつけて大学に文句つけたのが、たとえば左よりの新聞記者かその身内だったんじゃないかとか、なんかそういう、気持ち悪さ。 」
という、むにゅむにゅした感触が、その後の野球部の監督が落書きで解任とかいうヒステリックな対応を見てもそうなんだけど、どうしてもつきまとう。


今回の記事を見ても
 「わが国ではあり得ない厳罰
 「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」
 「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」
というイタリア側の論調も、ごく当然で(まあ、そういう気風が落書きだらけの状況を生んだといえばそれまでですが。でも落書きだらけは、べつにイタリアだけではない)、たとえば犬が人間を噛んでもニュースにはならないが、人間が犬を噛めばニュースになるというたとえを持ち出すとき、フィレンツェの落書きなんて犬が人間を噛む側の情報で、むしろ、それをわざわざ新聞沙汰にしてしまったことこそ、人間が犬を噛んだような話。まさに過剰。
(今回のニュースは海外ニュース扱いだから、国内での報道とはちょっと趣旨が違うけど、にしてもこれだってマッチポンプといえばマッチポンプだなあ)

やはり、最初の短大の時点で抗議した日本人観光客というのが、前述の妄想のように、たとえば左寄りの新聞記者だったり、あるいはプロ市民とまではいかなくても、セミプロ(?)級の「市民」じゃないか、とか、そういう、ザワザワした感じをどうしても抜け出せない。まあ、状況は既にその個人のヒステリーを離れて一人歩きしていますが。
しかし、今はきっと、そのヒステリックに抗議した「市民」は、ニヤニヤしてるんだろうなーと思うと、非常に気分が悪い。
こうなると、最初の短大への抗議の後、いったいどういう経緯で新聞沙汰になってしまったのか、ちょっと気になる。

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たとえば、おなじみ「ちびくろサンボ」が一時期書店や図書館から消えたのは(今でこそようやく並ぶようになりましたけど)、家族三人だけで作ったような「団体」の「活動」によるものだったりするのだけど、なんちゅーか、そういう、ヒステリックな「団体(というかむしろ個人)」の、無茶とも取れるような「要求」が、憎まれっ子世にはばかるとはよく申しますが、実は意外と世の中で存在感を持って受け入れられやすい。

無理が通れば道理ひっこむ。いや、この場合、何が道理で何が無理なのかは微妙なところだけど、たしかに道理ではあっても、それって無理だよね、的な感覚。
たしかに黒人差別はよくないという道理はわかるけど、いきなり抗議をはじめて、たいした議論もないまま、無理を押し通したりしやがって。ひっこめた側(出版社や図書館)もひっこめた側なんですが、そういう、道理なんだか無理なんだかわからない何か。

結構、この国では(いや、実はこの国に限らないんですけど)、少数派の意見もちゃんと聞いてくれる、というか、むしろ、少数派が少数派であることを盾にして無理を通せば道理をひっこめることがあるようですね。
まあ、そんなんだからモンスターなんちゃらだっていくらでも出てくる。

今回の落書きも、たしかに落書きは良くないことなんだけど、短大や何かに抗議して、はては処分を求める風潮を作り出し(それはもう個人のことではなく、世の中全体の動きに対してだけど)、実際に停学や解任と言った状況に追い込んでしまうというのは、果たしてどうなのか。それって正義なのか。それが正義なら、無法でたくさんだ。(←図書館の話を出したので、突然言いたくなった)


まあ、最初に書いた日記で、実は(どこの誰だかわからないまま)個人名を晒しているぼくが言うことではないですけど。

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よく、人生においては決して勝ち組とはいえないタイプの人たちの中で海外に強い憧れを持ったタイプの面々が「世界ではこうなのに日本人はこうだから、お前ら日本人は(言ってる本人も日本人ですけど)世界の田舎者ってばかにされるんだ」と、日本で田舎者とバカにされた悔しさをバネに、おかしなことばかり言っていることがあるんですが(国内における負けの構造を、セカイという別のワクを持ってくることで逆転させようという行為に駆り立てる渇望は決してバカに出来ないものですが)、まあ、それと同様に、こういう風に世界遺産なんて落書きだらけで…って書くと(ぼくに限らず同じようなことを言っている人ってたくさんいるようですけど)、「なにお前アキバ系のくせに知ったかぶりしてるの?」という感じなんでしょうけど、まあ、それは承知で、今日もつまらないものを書いてしまった。


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ちなみに、ちびくろサンボを追い詰めた家族団体は、サンボ活動しか知らなかったんだけど、調べてみたらかなりいろいろやっていたんですね。

黒人差別をなくす会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E4%BA%BA%E5%B7%AE%E5%88%A5%E3%82%92%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%99%E4%BC%9A


なんとなく、前の日記の日本記念日虚業会(http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/blog-entry-200.html)にも通じるような、ついうっかりちゃんとした団体かと勘違いしてしまうけど、実は個人や家族の無理がいつのまにか道理になってしまっている状況(世の中が、いつの間にか個人の無理を認め受け入れてしまっている状況)って、意外と少なくない。

そういえば、ウルトラセブンの「ひばく宇宙人・スペル星人」に抗議したのも、そういう家族レベルじゃなかったっけ。まあ、昔からモンスターなんちゃら的なのっていたんですね。むしろ、今のモンスターなんちゃらが私的領域に閉じすぎているだけで、かつてのモンスターなんちゃらは、もっと手広くやっておったような。
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