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NMR ポニョ都市伝説、ポニョには宮崎駿のマル秘メッセージが含まれている!?
http://npn.co.jp/article/detail/32897853/(元記事)
http://news.livedoor.com/article/detail/3848065/

この"ポニョ解読"があまりにもひどすぎる…。

意見があうあわない以前に、そもそもまともな大人の書く内容じゃない。
きっと釣りで載せている記事だと思うけど、つい目にとまったので、取り急ぎ何か書きたくなってしまった。
引用ばかりで、大変読みづらいのですが…。
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以下、引用部分が元記事のテキストです(一部Wikipediaからのものがあります)。
フジモトのキャラデザイン、乗り物、海中の家、全てが手塚治虫チックだ。
いきなり断定してるけど、どこが?という。
日本に来たこともない異国の人が、「日本人は毎日着物で、3食寿司で過ごしている」と断定するくらいの無茶な断定。

このフジモトは宮崎監督の手塚治虫へのリスペクトの反映ではないだろうか
今更、宮崎駿の手塚批判を持ち出すのもなんだけど、また無茶すぎる。なにが「ないだろうか」だ。ないだろうかじゃねえよ。ないんだよ。リスペクトしてないんだよ。

消毒剤のポンプを担ぎ、海水を撒きながらやってくる。これは医者であった手塚治虫を意味しているのではないか
医者はあんまりそんなことしません。やるとしたら保健所のおじさんですかね。医者のアレゴリーにすらなりません。

人間社会の醜さをなげき、魔法の力で、海が豊かであった時代を再現しようとするロマンチストの父・フジモトは、アニメという魔法に理想を求めた手塚ワールドの考えそのものである
前半はさておき。「アニメという魔法に理想を求めた手塚ワールドの考えそのものである」ってなんだ。まるで手塚がアニメに逃避したような語り口の根拠はどこにあるのか。

さらに、その無茶な決め付けが前提となって、こんなとんでもないことを言い出す始末。
宮崎駿は先人・手塚のようにロマンチックなものを魔法=アニメには求めなかった。「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」のようにリアルな人間の性(さが)を描写することも厭わなかった。宮崎駿、つまりポニョの偉大なる冒険であったのだ。
無茶がねじれて肺炎を起こしているので、もう少し細かく見てみる。

・「宮崎駿は先人・手塚のようにロマンチックなものを魔法=アニメには求めなかった」
⇒手塚はロマンチックなものを求めたのか?たしかに、ロマンだっただろうけど、まるでそれだけのような言い草の根拠は何なのか。
⇒そして宮崎駿はロマンを求めていないのか?むしろ宮崎にとってのロマンばかり描いているように見えるんだけど。ロマンを求めていない宮崎作品を教えてほしい。
⇒ふーん、ポニョってロマン求めてないんだー。(たしかに「ロマンじゃない」という見方もできるけど、この記事を書いた人がそういう見地に立っているようにも思えない。)

・「『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』のようにリアルな人間の性(さが)を描写することも厭わなかった」
⇒それらの作品にたしかに"リアル"と評される"人間描写"はあるかもしれないけれど、それは果たして手塚との差異と言っていいのか?この人、手塚を馬鹿にしすぎじゃないか?
というか、実は手塚のほうが本質的(内面的)にはリアリストで、宮崎の方が、めちゃくちゃロマンティストな気がするんだけど。
この人のいう"リアル"は、あれか。絵が本当っぽいとか、記号っぽくないとか、線が多いとか、そういうレベルの話じゃないのかな?

・宮崎駿、つまりポニョの偉大なる冒険であったのだ。
⇒いきなり月より遠くまで飛躍している!ここまでの前提もおかしいけど、その前提から出たこの「偉大なる冒険」ってなんなんだ。そして、駿は今頃やっと冒険かよ!みたいな。

この後もすごい。
明らかに海を越えてやってくる白人と思えるポニョの母親は、ディズニーではないだろうか。
ここだけは面白い。
まあ、 
フ ジ モ ト が 手 塚 治 虫 と い う 前 提 が 正 し け れ ば な 。

しかし、「仮にフジモトが手塚だったら、海の向こうからやってくるママはディズニー」という理屈は面白くても、逆に「これがディズニーと読めるから、フジモトは手塚だ」という理屈はなりたたない。どこから見ても、フジモトの前提が無茶。

手塚治が生前、ディズニーに憧れを持っていたのは事実だし、ディズニーは人魚姫という作品をを制作している
手塚がディズニーに云々は事実であるのと同様に、繰り返しになるけれど、宮崎による手塚批判も周知の事実ではないのか。
ちなみに、ディズニーの人魚姫(リトルマーメイド)公開は手塚の死後。念のため。

せっかくだから嘘大袈裟紛らわしいで有名だけどWikipediaから
宮崎は手塚のアニメーション制作に対し批判的であった。手塚の訃報に際し、宮崎は手塚の漫画史における重要性を強調しつつ「だけどアニメーションに関しては(略)これまで手塚さんが喋ってきたこととか主張したことというのは、みんな間違いです」と述べ、スタッフに過酷な労働を強いる制作環境や組織に対する意識の低さを批判した[132]。生前手塚は「宮崎の『ルパン三世 カリオストロの城』に対し「僕は面白いと思った。うちのスタッフも皆、面白がって観ていた」と『ぱふ』のインタビューで語っているが[要出典]、その後の宮崎作品に対してはコメントを残していない。手塚のアシスタントであった石坂啓は「先生、悔しくて仕方なかったんでしょうね」と述べている[133]。
(Wikipedia 手塚治虫のページより引用)

1988年手塚治虫が亡くなった時、漫画では自分も影響を受けた、と全面的に肯定した上で、アニメーションに携わる人間の立場から、アニメーション作家としての手塚が日本のアニメーション史に果たした役割に痛烈な批判を加えた[17]。特にテレビアニメーション草創期に、手塚が市場優位性を確立させるため、鉄腕アトムなどの自社(虫プロダクション)制作番組を原価を割り込むほどの低価格で売り込んだことが、現在に至るまで日本のアニメーション製作費が極めて低く抑えられる要因となったとして舌鋒鋭く批判した。東映入社以来、映画アニメに携わっていた宮崎も低賃金、非人間的労働が当然TVアニメの方に回され、そこから映画アニメ専門の世界に移るまでには長い期間を要した。また、「しずく」などの手塚アニメーション作品そのものに対しても辛口の批判をしたことがある。
(Wikipedia 宮崎駿のページより引用)

こう書かれているからといって、必ずしも、完全に、心底、宮崎が手塚を嫌っていたとか批判していたとは言わないけれど、しかし、リスペクトしてモデルにしたなんて想像が、いったいどこの海の底から湧き出してきたのか、ぜひ教えてほしい。


つまり、ポニョの父・フジモトは、手塚治虫であり、ポニョの母である人魚は、ディズニーなのだ。この2人から生まれたのがポニョ、つまり宮崎駿監督である。
まるで、ダイナミックな思考の冒険の結果、この結論につながったかのように堂々と書かれているけれど、しかしこの結論は無茶すぎる。
そして、この作品には、手塚とディズニーへのリスペクトと深い愛情が込められているのだ。
適当すぎる。
たとえば遥かかなたの地点に向かって直進したつもりでも、出発時の角度が1度ずれているだけで、とてつもなく見当違いに場所についてしまう。そこが間違っていると思ってどこかで調整すればまだなんとかなるとしても、その誤差に気づかなければ、完全な異郷の地で果てるしかない。
そしてこの人は、まったく見当違いの方向に突っ走った挙句に、到着した見当違いの地点の地名を高らかに叫んでしまっているようだ。

どちらにしろ「崖の上のポニョ」は悪くない。まさに宮崎アニメの総決算ではないだろうか。
「悪くない」、「総決算」と言うにしても、前提がアレだから説得力が…。
あと、よく総決算とか言う人がいるけど、どこが総決算なのか教えてほしい。

直ちに見るべし
この人のテキストで見ようと思うおばかさんがどれだけいるのか。

この映画に秘められたメッセージを読み取るのもひとつのミステリーなのだ。
これ書いた人の脳内がまさにミステリーなのだ。


こういうこと書いて許されるのは、中高生までだと思います。
釣り目的だけのネタでありますように。


↓元記事のテキストを書いたらしい人
山口敏太郎(本人がほとんど書いたと思われるWikipediaのページ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E6%95%8F%E5%A4%AA%E9%83%8E
この人のサイト?
http://www.top.ne.jp/aliceweb/youkai/
この人のブログ?
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou/e/c7525564ac1feec1102019430fc80ce9

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ちなみに、ぼく自身は、ポニョはほんとうにとてつもない傑作だと思っているし、だからこそ、こういう無茶な"解読"に、ついカッとしてしまうのだけど。

しかしポニョの感想、レビュー、解読ってよく見かけるけれど、本当に、凡俗の思考の限界、あるいはバカの壁でもいいんだけど、そういうものがくっきりと見えてしまうなあ、と。
(今回の記事の人のように)"深読み"したつもりが見当違いの方向に飛んでいたり、お釈迦さまの手の上だったり、ということが、リアルに何件も何件も起きている。
本当に怖い作品だとも、思ってしまいます。

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【参考リンク】
その他、自称映画批評家たちによる、史上最悪のポニョ批評の例
http://www.cinemaonline.jp/review/kei/3621.html (きもい画像に注意)
↑このサイトのクリーチャーみたいなおばさんのほかにも、愉快な面々による、凡人の限界を感じざるをえないポニョ"批評"(その実批評でもなんでもない)下のリンクに並んでいて、かなり見ものです。


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追記:
元記事の入り口ページを見てみたら、なんか、すごく、ひどいページでした。
もう、釣りとか、ネタとか、とんでもとか、そういうレベルじゃねえ。

http://npn.co.jp/article/category/7/

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