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ここ数日の雑感を思いついた順に書いてみる。
(書いたこと…整体、渋谷、警官、詐欺・殺人、カナエ・婚活、恋愛、草食、おセックス、ラブプラス大人気、民主党、1984年、補足:二重思考)
●整体
渋谷の整体に行ってきた。

May'n(歌シェリル)の色紙があったので、なんとなくMay'nのブログで整体のことに言及していないか見ていたら、"菅野よう子オススメ"の整体に行ったというエントリが…。

ん?ということは、もちろんMay'nが実は整体が趣味で東京中の名だたる整体を制覇しつつある場合は別として、限られた情報からごく単純に考えれば、トポス的な意味で(?)、そういった場とか位相の重なり(あるいはズレ)に意味を見出しがちなぼくとしては、これは当たりを引いたんじゃないか、と思わざるを得ない。
(体も軽くなりました)


●渋谷といえば
今は東京中がそうだと思うけど、渋谷もやはり警官が多い。
もちろん普段から彼らの数は多い上、ちょっとオシャレな人を見つけると声をかけて荷物に手を入れ公衆の面前で陵辱している、という光景を目にすることも日常茶飯事な街ではあるのだけど、今はその6倍くらいいる。ひょっとしたら16倍くらいかもしれない。

朝、改札を出ようとすれば、その目の前で常に2~3人の警官が出入りに目を光らせ、向かいの改札にも同様に複数の監視の目がある。
道を歩けばまさに辻ごとにと言ってもいいほど、警官だらけ。
坂を下れば必ず数人組の警官とすれ違う。

拳銃を提げているのはもちろん、ほとんど必ずいつでも誰でも殴れる状態で、警棒を片手に持っている。
しかも、持っているというよりも、軽く振っていたり、ぶらぶらと遊ばせていたり、凶悪看守のポーズ(右手で握り先の方を左手の掌でポンポンと受けるやつ)を取っていたり。その威圧感といったら、まるでアメリカ映画の凶悪な看守とか、悪徳警官とか。
その上、普段はあまり仕事していない面々までかり出して立たせているせいか、異様に腹が突き出たデブ警官ばかり。

見た目だけなら、権力にまみれてぶくぶく太った…と言われても仕方が無いデブ警官の集団が、辻ごとに道行く庶民を凶悪犯や詐欺師、薬物中毒者をみるように睥睨しながら、警棒を振り回す恐怖の街・渋谷。

有名な監獄実験ではないけれど、そういう位置におかれた警官と抑圧される庶民の関係が、気のいい町のおまわりさんとほのぼの中流階級におさまるはずがない。

今は仮に一時的なものだとしても、このレベルでの監視がある種のSF的近未来と重なってしまうようで、いや、あるいは既に来た監視社会を可視化しただけでしかないのかもしれないけれど。


●警官といえば
警官と言えば、最近はカナエだのまた別の詐欺だの、島根や千葉や、あと市橋やら、そんな事件が目白押し。
かつて、刑事ドラマや名探偵コナンや金田一や、そんなに殺人事件ばかりだったら大変だよ、という人もいて(ぼくもですけど)、でもそんな相棒クラスの連続殺人や猟奇事件がこんな短期間に相次ぎ、またそのいくつかは、当初何件も自殺で処理していたり、目の前で逃がしていたり、見当違いの初動捜査をしていたり。まあ、もちろんドラマやアニメも、最初は脇役警官が見当違いのことをしていたりもするんですけど。
しかし現実に右京さんはあんまりいないわけで。


●カナエといえば
カナエといえば婚活詐欺。いまや婚活ほど怖いものはないわけですが、そんな婚活が一方では流行語大賞にまでなろうかという勢いらしい。

婚活といえば、しかしこれまでは女性側の活動が大きいという印象が強く、さらにカナエ事件まであったら余計に男側の意欲ってどうなのか。
そんな中、決して結婚なんて関係ない永遠の恋愛、ラブプラスが15万本売れたとかで大人気。


●ラブプラスといえば
そもそも2004年か2005年くらいから、「萌え」がどうこうとかいう話の中で、性欲じゃなくて恋愛欲(この単語自体は「もてない男」から)とずっと言いつつも、そんな話だれにも聞いてもらえなかったぼくから言わせてもらえば、それこそ婚活なんて、恋愛欲重視の男子市場から見れば失笑もので。

そういえば草食男子というのも、いつの間にか「恋愛にすら興味が無い」くらいの扱いになっているけど、そうじゃないんだ、と。恋愛に興味がないなんて言っている"男子"がいるとすれば、ただの中二病か、あるいはそれを聞いた人に爪の先ほども魅力がないというだけで、恋愛というのは、人類の歴史上かつてないくらい大きな要素になっている雰囲気さえある(男たちの中で)。
だけど、もちろんその過程の中でセックスがあることは全然問題ないどころか大歓迎しているものの、恋愛とは別軸でのセックスというものに違和感を感じている面もあるわけで。そういう意味では、いかにも"恋愛"を謳歌していたような平安貴族なんて、結局目的はヤるだけじゃん、という、もはやただの獣にしか見えない。

しかしそんな立場は、外部から、それこそ、おセックスに重点を置いた人から見れば,大変な錯視が起きてしまうというのもわからなくはない。
草食云々という言葉も、きっと当初はきちんと恋愛欲≠性欲を踏まえていたんだろうけど、かつて「萌え≠エロ」がいつのまにか「萌え≒エロ」に変わったように。
結局そこを見誤ると、なんだかすごくいやーな感じになってしまう。

そんな中、やっと時代がラブプラス。

※プレイしたら絶対人として戻って来れないので買ってない。
(とはいえ、今戻ってくる場所があるかといえば、それもないんですけど)


●そういった日々のアレコレはさておき。
民主政権とかいったいどうなっているのか。

日々あらわれる"アレなこと"が多すぎて、どんどん"先日のアレなこと"を上書きで忘れてしまうくらいアレなんですが。うっかりしていると、たとえば選挙前に当時引退するはずだったけど気付いたら出馬していた今の財務大臣が「だめだったらゴメンナサイですむ」と言ったことやら地方イベントで国旗を切り貼りしていたことはおろか、比較的最近の出来事だったはずの、たとえば陳情を小沢が一括でアレするのを「これが改革だ」とかとんでもない言い草だったことやら、鳩山の「お前が言うな」発言やら「裕福に育った」アレやら、さらに、「あれっ?天下りとワタリはだめとか言ってませんでしたっけ…あ、天下りじゃないんだー、ふーん…」でおなじみの友愛郵政人事だとか、そんなことまでどんどん忘れて行きそう。若年性痴呆じゃないか、くらいの勢いで忘れてしまう。というか、かつて「妙だなー嫌だなー」と思ったのに既に忘れていることがいろいろありすぎる。

特に天下り郵政の件は偶然「1984」(Qじゃない方)で、二重思考について読んでいたところでタイムリーに起きていたので、かつての日銀人事に強固に反対していた部分も思い出しつつ「ふーん、これが二重思考かー。リアルに見てしまったなー」と思ったので幸いにもまだ覚えているけど、仕分け人やら何やらがアレすぎて、これもじきに忘れてしまいそう。

あと、菅がひさしぶりに出て来たと思ったら東大の前総長の自宅に遊びに行って「太陽光発電は素晴らしい」と言ったとか、クソみたいな話とか(前からそういう、すごくつまらない人だとは思っていたけど、これについてはテレビで見ながら今までにないくらい「ぽかーん」としてしまった)。
まあ、こういうのはべつに忘れてもいい。

まあ、その、そういえば随分前から民主党が好きではなかったぼくなので(2008年の日記ではみんな死ねとか書いていた→http://mixi.jp/view_diary.pl?id=762167908&owner_id=26047 でも結果としてはそうならなかった…)、ひょっとしたら色眼鏡とか偏見とか思い込みとか錯視というものがあるのかもしれない。
じゃあ、8月にハトヤマさん大好きとか言っていた人たちからしてみたら、いったいどうなんだろう。

最近の仕分け云々も、たしかに自称・自民ファンだったぼくからしても、たしかに自民政権にはマズい点がたくさんあったのも認めるし、さらに選挙前のゴタゴタで酷い部分があったのもわかるから、"仕分け"する中で、もちろん大事なことはたくさんあるんだろうけど。でも、どこかで批判している人もたくさん言っているように(たぶん)、長期的にとんでもない不況になるだろうし、技術も進まないだろうし(「F.S.S.」だったり「ファウンデーション」だったりで、進んだ文明が信じられないような衰退を遂げる歴史描写があって、そう簡単に衰退するものなのかなーと思っていたけど、今の日本の政治を見ると、大いに納得。あと、"米百俵"の逆をやって、先のことを考えないで今ある米を食い尽くそうとしている…とかいう2ちゃんの書き込みにも納得してしまった)、バカも増えてスピリチュアル的なものもさらにのさばってくるんだろうなー(※これは嫌いだから言ってみたかっただけ)とか、いつもいつも悲しい気分になってしまう今日この頃。

5年後、10年後に振り返ったときに(たぶんものすごい不況でバカばかりの国になっていると思うけど)、「アレってなんだったのだろうねー」「失策だったねー」「寒い時代と思わんか」と思っていることはたぶん間違いないけど、いや、そう思っていられればまだマシかもしれない。30年後、40年後に大失敗の時代として教科書に載るならまだいいんだけど、それすらできない状況がくるとしたら。
とりあえず、タイムマシンで時間修正に来る人もいないので、時間旅行はできないんだなー(ひょっとしたら事業仕分けのせいかも)。まあ、誰かが時間を変えても気付くはずはないんですが。

そんなことばかり考えていたら心も体も重くなったので、週明けにまた整体に行く。

===
上で言及した"二重思考"について(新訳版の「1984年」から部分抜粋)
(※ここに出てくる「党」というのは民主党のことではありません)

二重思考とは、ふたつの相矛盾する信念を心に同時に抱き、その両方を受け入れる能力をいう。党の知識人メンバーは、自分の記憶をどちらの方向に改変しなければならないかを知っている。従って、自分が現実を誤魔化していることもわかっている。しかし二重思考の行使によって、彼はまた、現実は侵されていないと自らを納得させるのである。

故意に嘘を吐きながら、しかしその嘘を心から信じていること、都合が悪くなった事実は全て忘れること、その後で、それが再び必要となった場合には、必要な間だけ、忘却の中から呼び戻すこと、客観的現実の存在を否定すること、そしてその間ずっと、自分の否定した現実を考慮に入れておくこと──これらは全て、なくてはならない必要条件である

ついでに別のキーワードも
(※ここに出てくる「党」というのは民主党のことではありませんし、「敵」というのはかつての自民のことでもありません)

ここでのキーワードは黒白である。ニュースピークに於ける多くの言葉と同様、この言葉も互いに矛盾し合うふたつの意味を持つ。
敵に対して使用する際には、あからさまな事実に反して黒は白であると厚かましく主張する態度のことを言う。一方、党のメンバーに向けて使用するときは、党の規律が要求するのであれば、黒は白と信じ込む能力でもあり、更には黒は白だと知っている能力であり、かつてはその逆を信じていた事実を忘れてしまう能力のことである。
(※民主党を見て書かれたものでは決してありません、念のため)

旧版では「友愛省」があったはずなんだけど、新版では「愛情省」になっていたのは、また別の話。
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