上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
最近、ちょっと翳りは見えつつあるとはいえ、やっぱり韓流の勢いってすごいですよね。

こないだあっちの四天王か何かが兵役でどうのこうのというニュースを見ていて思い出したんですが、ほんの数年前までは、日本におけるアジアンポップカルチャーの勢いとしては、香港や台湾の方が遥かに上を行っていたんですよ。ほんとに。アジアンポップカルチャー専門誌のようなものも昔からあったんですが、中を見るとそのほとんどが、香港系の記事で占められていました。ほんとに。韓国の記事なんて、5%もなかったかもしれない。いや、ほんとに。今では完全に逆転していますが。

そんな記事の中に、各国のポップカルチャー状況を俯瞰したようなものがありました。当時のその文章の中で言われていたのが、「韓国では兵役があって、いい感じの若い男性アイドルも大事な時期にいなくなってしまうので、人気も実力も育ちにくく、いまいち」という話。うーん、なるほど、と当時は納得していました。しかし、気づいてみるとその地位は完全に逆転し(ただし四天王のうち三人は兵役に行っていないんですが)、日本に流入するアジアンポップカルチャーは、ほとんどが韓流、申し訳程度に香港台湾がちょこんと顔を出している程度、という現実。

それはもう仕方ないのだけど、なぜここまで中華圏のカルチャーが圧迫されてしまったのかを、なんとなく、考えてみようと思います。
=====

1.
泥臭いイメージがある。
確かにそういう"イメージ"があることは否めないのだけど、実際に作品を見てみれば必ずしもそうではないことは明白。
それに韓流も元は洗練されたイメージではなかったはずなので、これは必ずしも正しいとは言えませんね。
ただし、なぜかそういうイメージがついて回る理由というのが、実はどこかにあるように思います。

2.
俳優・女優がバタ臭い。
たしかにそういう人も多いけれど、一線で活躍する人を見れば実はそういうわけでもないことは一目瞭然だし、そのへんの度合いというか比率は韓流も日本も変わらんのでこれも当てはまりません。
でも、上のものと同様に、そういうイメージが、なぜかつきまとう。その根源は一体何なのか。

3.
タイトルがダサい。イモい。キモい。
そうそう、それそれ。
というか、今日はこれだけ言いたかったんですが。

日本に入ってくる香港や台湾のカルチャー(映画や音楽)って、絶望的に、タイトル(邦題)がださい。そもそもの原題は、実は全然恥ずかしくないのだけど(たぶんね)、どこの誰がつけるのか知らない邦題が、絶望的。

ふと思いつくところでいくつか例を見てみます。

【映画編】
[以下、存在証明のために作品名からamazonへのリンクを多用していますが、このエントリ内のリンクは全てアフィリエイトではないので、思う存分クリックして、実物の存在を確認していただけると幸いです。]

好きな映画は何?って聞かれて、もちろんそれは難しい質問ではあるのだけど、面白さ見やすさとっつきやすさ美しさ等々を勘案した上で一つ答えるとすれば、香港映画『金枝玉葉』。

『ローマの休日』の香港版タイトルにもなったらしいこの言葉(皇族のことなので、ローマの休日のタイトルとしては、まさにそのまんま、ですね)を冠したこの映画。
でもそれが邦題になると

 『金枝玉葉』 → 『君さえいれば』

ちょっとポエミーですね。
君さえいれば一体なんだというのか。香港映画の邦題には、このなんとなく漠然とした綺麗な言葉だけど、結局どんな映画にだって使い回せるような、そんなポエムが多用されることが少なくありません。

そして実は続編があるこの映画、邦題は一体どうなっているのかといえば、

 『金枝玉葉2』 → 『ボクらはいつも恋してる!』

なんだそりゃ。
ちょっと昔のフランス映画にそんな雰囲気の邦題があったかもしれないけど、これはポエミーを追い越してちょっとおかしなところに向かっている気がします。ちなみに、この作品は新宿の映画館で見たのですが、「ボクらはいつも(以下省略)」とか言えなくて、「金枝玉葉2」と言おうとしてもにょもにょしてしまい、ちょっと困った記憶があります。
ちなみに、これは、内容も1と比べてそれほど面白くもなかった気がします。見るなら1の方がオススメ。2から見る人もいないとは思いますが。

上の2作は今は亡き張國榮(レスリー・チャン)の主演作なのですが、レスリーの映画は、彼の存在自体がポエミーだったせいか、邦題も直視できないほどにポエミーなものが多いようです。
個人的にとても好きな作品で、オペラ座の怪人的なストーリーををもとに彼の歌声が切なく綴り上げた名作「夜半歌聲」も、ポエミーな邦題作家の手にかかると

 『夜半歌聲』 → 『逢いたくて、逢えなくて』

なんだそれは!
たしかに、逢いたくて逢えないような話でもあるけれど、この、映画よりも悲劇的で絶望的なタイトルの臭さは何なんですか。

そういえば彼のデビュー作ってどうなのかといえば

 『紅樓春上春』 → 『君に逢いたくて』

えーー…。
またなんとなく漠然とした、どこでも使えるようなポエミーワードだし、しかも夜半歌聲と金枝玉葉をミックスしたような…。(でも、洋画にも同名のものがあるようです。あと、GacktのCDにもあるらしい。)

他にも『君が好きだから』とか『君の瞳に恋してる』とかそういうのばっかりですよ。いったいどういう内容なのか、まったく想像がつかない。

そういえば、常磐貴子と共演した映画も一瞬話題になりかけて全然話題にならずアレでしたが、あのタイトルは、

 『もういちど逢いたくて 星月童話』

ほら来た!また逢いたくてですよ。どうなってんだ。どれだけ逢えば気が済むんだ、と。キーワードは「君」と「逢いたい」ですね。


レスリーからちょっと目を離して(でも彼の出演作も多々あるんですが)、ちょっと前に日本でも一世を風靡した王家衛(ウォン・カーウァイ)監督作品の邦題は、多少ポエミーでありながら、でもそれはそれでうまくできていて、たしかに日本でもヒットするだけのことはあったように思います。

 『重慶森林』 → 『恋する惑星』
 『東邪西毒』 → 『楽園の瑕』
 『堕落天使』 → 『天使の涙』
 『阿飛正伝』 → 『欲望の翼』
 『春光乍洩』 → 『ブエノスアイレス』

でも、彼の監督デビュー作はというと、

 『旺角[上/下]]門』 → 『いますぐ抱きしめたい』

うん、これはバタ臭い。というか恥ずかしい。映画館で「今すぐ抱きしめたいを二枚」とか申し訳ないけどちょっと言えない。レスリー映画並みの破壊力をもった邦題がここにも存在しました。

とはいえ、恋する惑星、楽園の瑕あたりのタイトルは、やっぱりすごくいいと思うんですよね。今すぐ(以下略)は映画自体ちょっとバタ臭い感じだからこのタイトルで仕方ない気もするけど、恋するとか楽園とかは、見事だとしかいいようがありません。たとえば重慶森林。言いたいことはなんとなくわかるけどそのままじゃ到底通用しない。東邪西毒なんていったら、香港人には『射雕英雄伝』(PCではチョウの字を雕ってするのが普通なんですね)のアレってすぐわかるだろうけど、そのまま日本で提示しても、まったくもって意味が分からないでしょう。「邪?毒?グロいの?」みたいな。そこを楽園の瑕とした、誰か知らないけどその誰かの感覚は、香港映画邦題界では希有な才能のように思います。

だけど、なぜか最近の作品になると、『花様年華』や『2046』など、そのままのタイトルでの日本公開になっているんですね。邦題なんてつけずに。もちろん原題のままですごく綺麗だし(ただしこれは他の多くの香港映画にも言えることですが)、洋画なんかはほとんどが原題をカタカナにして公開している昨今、べつに問題も違和感もないのだけど、ちょっと気になる動きではあります。

とはいえ、それ以外では、いまだにポエミー、あるいは、ちょっとおかしな邦題を身に纏おうとする香港映画がいくらでも存在します。

ということで、次は、一時は真剣に結婚を考えるくらい好きだった梁詠[王其](ジジ・リヨン)の作品をいくつか思い返してみます。

ポエミー系の代表作としては、

 『心動』 → 『君のいた永遠(とき)』

きた。きたこれ。
永遠と書いて"とき"ですってよ。
ポエミーの極みを見た気がします。
これってたしか、一般公募した邦題で、どこかの主婦の人がつけたんじゃなかったかしら。見る人も、日本での配給会社の人も、まあ、みんなポエマーなわけですね。ポエマーの輪ができているわけですね。きめえ。

と、ポエミーな作品に出演する一方で、どう考えてもおかしな邦題の作品にも、意外と多く出演している彼女。
デビューしてすぐに、たしか、周星馳(チャウ・シンチー)の映画に出演しているんですが、その邦題が、

 『百變星君』 → 『チャウ・シンチーのミラクル・マスクマン』

ですからね。ミラクルマスクマンですよ。戦隊モノのマスクマンではなく、ジム・キャリーのマスクを意識したようです(日本の配給会社が)。

ちなみに、今リンク用にamazonで商品を探したらこのタイトルになっていたけど、たしか昔はチャウ・シンチーという冠なしの、

 『ミラクル・マスクマン 恋の大変身』

だったように思います。なんだか一言多かったんだ。
周星馳が少林サッカー以来、一部の好事家以外の日本人全体に対して知名度が上がったことで、ようやく配給会社の中でも、一部の変なポエマーか変人だけが邦題を決めていたそれまでのシステムに、ちょっとだけブレーキをかける人が入る余地ができたのかもしれません。「マスクマンはもう、仕方ない、あきらめるけど、今度のDVDでは、"恋の大変身"だけは消してくれ」と。

マスクマンはさておき、最近のジジの出演作を見ると、衝撃的なのが

 『[口+暦][口+古][口+暦][口+古]新年財』 → 『アンディ・ラウの麻雀大将』

実はこの作品はまったく見ていないので、ひょっとしたら大傑作なのかもしれませんが、"麻雀大将"は、ちょっとひどい気がしてなりません…。なんだこの耐えられないほどのB級感。あと、マスクマンもそうだけど、"○○の"なんて冠がつくとそれだけで(たとえそれがどんなに有名で実力のある人でも)見ようという気がしなくなるのはぼくだけでしょうか(例:『ブラッド・ピットの君にメロメロ』)。

そしてもうすぐ日本でも公開される彼女の最新作(日本での)は、

 『絶世好Bra』→『恋するブラジャー大作戦(仮)』
(映画公式サイトにリンクしています。)

こ…恋する!ブラジャー!大作戦!しかも仮!
これってちょっと前の映画で、昔ジジの動向を精緻に見続けていたぼくも、絶世好Braってなんだろう、ブラって、まさかブラジャーのことじゃあるまいし…と思っていたら本当にブラジャーで、ちょっとこれどうしようかというところもあるんですが、そんな戸惑いを思い出すまでに30秒くらい思考停止してしまったこの邦題。
うむむ…。
前述の通り、もうすぐ公開されるわけですが、この邦題ではとてもヒットする気がしないし、配給会社ががんばって宣伝しようとすればするほど、日本における香港映画全体の地位は、下がっていく一方のような気がしてなりません。

この2作品(大作戦と麻雀大将)を見ていると、どうしても脳裏に浮かんでしまうのが、Mr.Boo!
『Mr.Boo!インベーダー作戦』『Mr.Boo!ギャンブル大将』『新Mr.Boo!アヒルの警備保障』『新Mr.Boo!鉄板焼』『帰ってきたMr.Boo!ニッポン勇み足』 『新Mr.Boo!香港チョココップ』『新Mr.Boo!お熱いのがお好き』と、B級感を漂わせることにかけては天才的とも言える邦題の数々。それに劣らぬジジの映画の邦題は、ジジの魅力(これはすごいですよ。ほんとに)を打ち消してさらに香港映画そのものをも叩き潰すだけの勢いを持ち得ているように思います。ちゅーか、大将とか作戦とか、そのまんまMr.Booじゃないか。

ちなみにそのMr.Boo!もつい最近リメイク版が作られたようで(実際にはMr.Boo!自体も一連のシリーズではないので、リメイクってどういうことなのかいまいちわからないのですが)、その邦題は

 『鬼馬狂想曲』 → 『新世紀Mr.Boo! ホイさま カミさま ホトケさま』

すばらしい!80年代のMr.Boo!的ネーミングセンスは、21世紀の現在でも、見事に健在でした。
いや、べつにMr.Boo!を見るまでもなく、十分すぎるほどにそれが健在なのは、ここまで読んだ方なら、すでにお分かりだと思いますが。

[つづく?]
関連記事
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://kaizyugakusei.blog35.fc2.com/tb.php/46-5253fdc1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。