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過去ログ掘り起こし。

すごく恥ずかしい文章ですが、白靴下と童貞の関係はやはり重要な気がするので残しておきます。

たとえば、これ書いた後なんですが、よく行くイラン料理屋で、時々オフ会っぽい集団がいるんですが、その面々が全員白靴下だったりしたんですよ。
まあ、なんか、そういうアレです。

白い靴下の中のDT。

(2003/10/16)

人を不快にさせてやまないこのサイトの最新流行といったら、童貞。童貞っきゃないね!

といっても、普通にぼく自身こないだまで童貞だったような、まだ半分くらい童貞みたいな人間なので、単に他人の話をするんじゃなくって、むしろ自分の痛々しい話を吐露しているだけのようなものなのですが…。

話は変わるようですが、フィネガンさんのところ(注:リンク切れ)で白靴下の話がやたら盛り上がったりしていました。

むこうのコメント欄はもう白靴下と関係なくなってきた感じなんでもうこっちで書きますが、白靴下って童貞っぽいよね!
それだけです。

あと、なんつーか、白靴下のルーツは、普通に学校の権力とかの下での身体の管理、それは割と表立って言われる管理教育というより、学校における管理のもっと原初的な部分じゃないかと思います。

たとえばぼくが卒業した高校は、伝統校とかいう胡散臭い看板を持ったところ(つまり古いだけ)だったんですが、西南戦争の後に私学からはじまって、いつのまにか懸立(県立)になってたり、まあそんな中でバンカラとか言って変な格好してた愉快な面々がいつのまにか統一された格好になっていく図とか普通に置いてあったりして。そこにはやっぱり軍隊の影響ってのは露骨に出てるんですよね。
べつに戦争に突入していく軍国主義の云々っていうんじゃなくって、単にバラバラな生徒諸君の身体を、近代社会に適合した従順な身体として、一つの権力でもって管理っていうか矯正っていうかしていく(それはそもそも学校の機能であります)ための装置として、日本の学校がモデルにしたのはたぶん軍隊の方式で、その結果は服装だとか、あるいはなんか軍隊っぽい体操だとかいろんな仕組みにも露骨に出たんじゃないかな、よく知らないけど。少なくとも着物来て足袋だか裸足だかに下駄履きだったのが、軍服みたいな制服と靴下に靴っていうふうに日本中で変わった時期は…ああ、でもバンカラは学ランに下駄かな…。まあそのへんが逸脱してんのか。

とかなんとかあやふやな記憶だけで語るといくらでも叩かれそうだけど、まあマイナーなサイトなのでよし。ちゅーか軍人さんの靴下の色が何色かも確認しないままこんなこと書いてるぼくってバカじゃないかしら。

で、なんだっけ、えーと、白靴下、ぼくも童貞の頃はよく履いていました。
男子にとっての靴下の白ってのは、やっぱりあれじゃないかな、男としての貞操がけがれていないことを示す白。

かつての白靴下は、男子の身体を矯正する装置の一つだったかもしれないけれど(というのは勝手な妄想かもしれないけど)、それが従順な身体、そしてそこから規定される従順な精神を作り続けてきた現代において、一応少なくとも建て前上は(たぶん)童貞であることが望ましく思われる学校とかその周辺の中での、生徒諸君の心身の純粋無垢さをあらわす記号として、白無垢の靴下は機能し、そしてその純潔が失われるのとほぼ時を同じくして、ぼくらの靴下は様々な色を帯びていくのであります。
ちなみにぼくはピンクの靴下を持っていますが、どれだけ汚れたら、あのピンクソックスを何の迷いも無く着用できるのでしょうか。

…ってなにバカなことを言っているんでしょうね。

ただ、ぶっちゃけ、白靴下だからDTなのやらDTだから白靴下なのやらわからんのですが、おれっちにとってはそのへんの境界(DTと靴下という二つの領域での)はわりと同時進行でありました。

ちゅーか白靴下が生徒諸君を矯正しはじめるより前は、みんな早めに非DTになってたよね。わりと最近(といっても何十年も前ね)だよね、みんなにいつまでもDTを続けさせるような環境(たとえば『Stand Up!』の商店街の人たちみたいなね)が形成されたのは。

そういった学校・親とかの監視装置のネットワークの一つとして白靴下は存在し、同時にそれを履くことによって、DTの身体を手がかりにしながら、白靴下は、DTの内面にもう一つの監視者を作り出し、DTの性への逸脱した衝動を抑えてしまう。白靴下は、DTにおける性のパノプティコンであるのかもしれない。

もちろん、性の低年齢化と時を同じくして、その身体を規制してきた白靴下の縛りも、とてもゆるいものになってるんじゃないかな。最近の校則とか全然知らないけど。

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あ、むちゃくちゃな方向にきてしまったけど、あんまり真剣に書いたことじゃないんで、真剣に抗議とかしないでね…。



白い靴下の中のDT。追記
2003/10/17(金)
=====

うーんと、昨日の童貞靴下の話ですけど、あのー、べつに太平洋戦争だとか軍国化みたいな、左とか右とかから突き上げがありそうなお話のつもりではなかったんですよ。
もっと昔の、明治維新の後くらい、たとえば開国以前の日本人って、今みたいに左手+右足、右手+左足を交互に出して歩くんじゃなくって、左手+左足、右手+右足みたいな、運動会の行進で一人はばかにされながらやっちゃうあの歩き方だったっぽいんですけど、そういう「日本人の身体」を、たぶん明治の、学制令とかそういうあたりの時代に、学校とか、あるいは軍隊とかで、西洋的、近代的なものに矯正していったんですよ、たぶん。
まあ、歩き方はただの例だけど、そんな中で、その「日本人の身体」を資本主義社会に適応するように矯正する装置の一つが、今では童貞のシンボルとなった(え、勝手に決めちゃっていいのか…)白靴下であり、その伝統が連綿と…。
という程度の話で、40年代というよりもっともっと大昔、日清戦争も起きていない頃の話のつもりだったのであります。

うーんと、だから、あのー、管理っていうといわゆる管理教育なんかと誤解されちゃうのかな。むしろ矯正とか改造って要素が強いと思ってください。
そして、身体と同時に、というか、身体から精神へと、近代的なるものになるようにはたらきかける、そんな装置としての白靴下が、現代に至りぼくらの精神を、童貞としての操を死守するように仕向けているのであるというのが前回のトンデモ理論。
深く考えてもいないので、ネタをネタとして見てくださる人でなければちょっと困る。
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