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過去ログ掘り起こし。

信じられないくらい昔の話。
正直読めたもんじゃないけど、その酷さは今もそんなに変わってない…。
G3仮面ライダー論
後編の方が重要です。たぶん。

(2001/11/19)

『仮面ライダーアギト』のG3に関する一考察。

って今更?という感じもしますが、なんだか不遇な感じがするので、彼は補欠とか言われたりして。

極力難しげな言葉は避けて、なんとなくわかりやすい表現でいきます。

では、まずアレがいかに仮面ライダー的であり、いかに仮面ライダー的でないのか。

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そもそも、物語の中の歴史ではなく、こちらの社会史的なものからいえば、仮面ライダーの世界を支える重要な文化現象とでもいうべきもの、それは身体改造への意志。

そもそもショッカーからしてやたら人類を改造したがるやつらで、それが発展し、ある意味身体改造への意志の極致といえるのが、人類は不良品種だから矯正して地球を改造怪人の世界にしようなんていかにも怪しい『仮面ライダーBLACK』のゴルゴムなんですが、それはさておき、身体改造、それはなにもいわゆる改造手術に限らず、石を体内に取り込むことによるものだって文化現象としては大いにあり、といえるでしょう。

もちろん、この身体改造は、仮面ライダーに限らず、特に70年代以降あたりからの様々な映像や文学などの文化の中に何度も描かれてきましたね。

あるいはピアスやタトゥーあるいはダイエット的なものまで、身体改造と捉えれば(というかGoogleだとそういうのばっかりでてきた)、あまりにその意志は普遍的なものとなり。

また、フーコーの言説だとまたちょっと別の意味での身体改造についても理解が深められますが、とりあえずそれはおいといて。

で、再び話はライダーに戻りますが、そういった身体改造への意志がライダー世界を支える、昆虫顔とかバイクとかそんなのよりも根底にある、重要な要素であったとすれば、もうおわかりですね。G3こそ、あまりに人間の身体改造への意志を体現したものであり、それゆえあまりに仮面ライダー的である、と。

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しかし、同じくリアルな社会史的に見た時、仮面ライダーとして重要な部分の欠落があることがわかります。

それは……また次回!

ところでこのネタ、なんか熟成させすぎてちょっと展開に面白みがなくなってますね。やっぱネタはいきのいいうちに。



(2001/11/21)
G3仮面ライダー論2回目

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(まずは前編要約)
そもそも、社会史的な流れからいえば、仮面ライダーの世界を支える重要な文化現象とでもいうべきもの、それは身体改造への意志。
そういった身体改造への意志がライダー世界を支える、昆虫顔とかバイクとかそんなのよりも根底にある、重要な要素であったとすれば、G3こそ、人間の身体改造への意志を体現したものであり、それゆえあまりに仮面ライダー的である。

つまり、G3はたしかに「アギト」ではなく人間であり、もちろん改造もされてはいない、ただのスーツ。それはいかんともしがたい事実。
しかし、いや、だからこそ、その存在は、人の持つ身体改造への欲求を直截に体現した存在ではないだろうか(物語の中での起源もそういったものであるし)、ということ。
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しかし、同じくリアルな社会史的に見た時、仮面ライダーとして重要な部分の欠落があることがわかります。

後期のものになればまた微妙に違ってきますが、本来仮面ライダーのアクションとして根底に存在しているのは、肉体を直接ぶつけあうようなものでした。

クロスさせた腕から光線を出したり、光る剣を振るったり、マシンガンをぶっ放したり、それは本来のライダーの戦闘スタイルにはなかったはずです。

それは敵怪人にしても同じことで、大抵の場合、一見武器を使っているように見えて、その武器も、実は怪人の身体の一部である、という。
それがたとえミサイルやテレビ、あるいはラジコンであっても。

あの卑怯者で有名なカニレーザー(さんざんV3の変身の邪魔をしたドクトルG)ですら、そのレーザーガンは彼の身体と密接に結びついたものでした。

このように、身体に対する執拗なほどのこだわりこそが、仮面ライダーであり、それはたとえフォームによっては武器を駆使するクウガ(関係ないけど11/20のNHKのドラマDモード、オダギリジョー出てたけど、かなりクウガのイメージ背負ってないか?)でも、根底には身体があり、ダグバとの最終戦や、あるいは何度も描かれた暴力に対する葛藤からもそれを読み取ることができます。

では、G3はどうか。これはいうまでもないでしょう。

あんなにも武器に頼る、というか武器しか使わないやつ見たことないですね。メタルヒーローならともかく。

しかし、そのことが果たして彼の身体性の欠如、つまりは仮面ライダーたりえないことにつながるかといえば、かならずしもそうは言えない気もします。

身体性へのこだわりでいえば、「アギトではないただの人間」の身体を拡張するメディアとしてのG3システム、これ以上に密接に身体性を背負ったライダーがかつて存在したでしょうか。

とすれば、この身体性の欠落は、すなわち仮面ライダーとしての存在価値の欠落ではなく、むしろ身体改造へのこだわりと等価なものとして、より仮面ライダー的な存在としてのG3を我々の眼前に示しています。

そう、たしかにあれはアギトとしては補欠。
しかし、G3こそが、正当なる仮面ライダーの後継者、そういっても過言ではないはずです。

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まあ、ほんとは身体へのこだわりとかそういう意味では正当派ライダーとしては木野アギトを推したい気もするんですけど、あえてG3ライダー論を、まあ論というほど大袈裟なものでもないでしょうが、展開してみました。
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