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過去ログ掘り起こし。

仮面ライダーファイズの映画の感想(アトムの話もある)。

劇場版仮面ライダー555 パラダイス・ロストの感想。
前半は異者理解番外編、後半は真理と巧の陰謀説について。

(2003/09/23)
(なんか読み返してみたらあまりに冗長でつまらなかったので、そのうち書き直せたら書き直しますが、言いたいことは、こういうことなのです)

遠くない未来、どこかの国─ 世界は人類の進化形「オルフェノク」によって支配されていた。

テレビ版のストーリーとは異なる、しかしその先にあるかもしれない『劇場版仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』(以下、パラダイスロスト)の物語は、世界がオルフェノクにより支配され、残り少ない人類が細々と抵抗を続けるそんな世界からはじまる。

ストーリーに関しては、ご覧になった方には今更説明の必要もないだろうし、そうでない方にはあまり語らないほうがいいだろうから、あらためてここで説明はしないけれど、この作品について思い返すとき、ぼくにはある一つの物語が重なって見える。

それが、鉄腕アトムの最終回と言われる物語の一つ「アトムの最後」(有名な太陽につっこむテレビシリーズ最終回ではなく、むしろ後日譚的なもの。参考。そういえばパラダイスロストもテレビシリーズのパラレルな後日譚みたいな話か)。

アトムの未来よりさらに未来、人類は著しく数が減り、世界は人間ではなくロボットが支配している。といっても、マトリックスともターミネーターとも異なり、人間の姿をしたロボットが、人間のように家族までつくり生活している社会(現代の我々の社会と基本的に同じ社会を営む、パラダイスロストのオルフェノクのように)。この時代の人間は、試験管でつくられ、そのロボットの家庭で子供として育てられ、闘技場(一万人オルフェノクがいたあのシーンのように)でロボットの娯楽のために闘わされる。

そして、そこで実際にロボットに育てられた人間・丈夫は、大人になりその真実を知らされ、しかし闘うことを拒み幼なじみで恋人のジュリーと逃亡。ロボット博物館に収蔵されている、かつて人類のためにつくられ人類のために戦ったロボット、アトムを再起動させ救いを求める。
オルフェノクにより人類が追いつめられたパラダイスロスト的な、ファイズが存在しないその未来で、かつて人類のために戦い、その果てに消息不明となったファイズ=乾巧に救世主としての望みが託されたように、「アトムの最後」でも、アトムがいない未来において、今は動かなくなったかつての英雄アトムに再び望みが託され、そして丈夫とジュリーはアトムの手により無人島へと脱出する。

その後アトムは彼らのために戦い、散っていくのだが、その前に一つのことを丈夫に告げる。

ジュリーは人間ではなく、ロボットである、と。
彼女は、子供の頃には本当の人間だったが、丈夫との遊び(首吊り遊び)の中で実は一度死に、身代わりのロボットとしてよみがえっていた(オルフェノク誕生の構図と似てるね)。
それを知った丈夫は、自らの手でジュリーを破壊し、彼自身も追跡してきたロボットたちにより殺されてしまう。

そこにあるのは、ただ絶望だけかもしれない。
本編とでもいうべきアトムの世界において、自らを幾度も犠牲にしながら、人類とロボットの理解と共存のために戦ってきたアトム。しかし、その未来は、彼の夢見たものとは全く異なる世界であり、最後にまた、アトム自身が二人の愛を信じ(アトムには最初からジュリーがロボットであることはわかり、丈夫もそれを承知の上で愛し合っていると思っていた)、自らは破壊されながらも守ろうとした丈夫(=人間)とジュリー(=ロボット)、たった二人の間の、異者であるがゆえの葛藤も、解決されることなく最悪の終局を迎えてしまう。
ロボットと人類の間の異者理解は、どのような形でも実現しないまま終わってしまった。


それに対し、パラダイスロストでは、この葛藤はどう描かれていたのか。
決して相容れることのできないオルフェノクと人類。
人類寄りのオルフェノク(木場勇治たち)と人間たちの間にですら、大きな壁が立ちはだかり、理解しあうにはほど遠い。
そして、その壁は、人類とオルフェノクの共存を目指す木場たちに理解を示したように見える園田真理にすら、確実に存在していた。

やはり人類とオルフェノクの間の葛藤はどうにもならないのか、物語はそれを象徴するかのように、オルフェノクとして生きることを決意しオウガのベルトを装着した木場と巧とのラストバトルを迎え、そして真理は、オルフェノクとしての巧の姿を目の当たりにする。

しかし、それでも、オルフェノクと人類との共存を夢見続けた木場の、真理を守るためのアトム的自己犠牲の果てに、巧は木場の夢を継ぎ、真理はオルフェノクである巧を受け入れ、ふたりは手をつなぎ寄り添いながら歩いて行く。
その先になにがあるかは決して見えない。
そこに待っているものは悲劇かもしれない。そんなの人間とオルフェノクの話って言うより真理と巧の個人の問題であって…、とあなたは言うかもしれない。
それでも、ほんの一時であれ、たった二人だけであれ、そこには、人間とオルフェノクという異者が、手を取り合い、ともに歩く姿があった。かつて愛し合いながらも、異者としての葛藤の果てに悲劇を迎えた丈夫とジュリーには見ることができなかった未来が、そこにあった。ぼくらはそれを、目撃した。

個人の戦いに終始し続けていたような仮面ライダーシリーズの中ではおそらくはじめて、異者理解的なテーマを持った『仮面ライダーアギト』において、人類の次のステップと目される「アギト」と旧来の人類の葛藤が描かれ、異者理解の可能性を示しながらも完結しないまま終わったその物語。それが形を変えて『仮面ライダーファイズ』における人類の進化形とされるオルフェノクと人類の葛藤に引き継がれたことはかつて述べたし、一般的にも言われている(たぶん)。

そしてついに、このパラダイスロストにおいて、真理と巧の姿に、アギト以来…いや、それよりはるかに昔から受け継がれてきた異者と異者の葛藤、その果ての和解が示された。

たしかにそれは、二人だけの物語に過ぎなかったかもしれない。
けれど、かつてアトムが信じながらかなえられなかった異者理解の夢が、このパラダイスロストという作品において、木場から、巧へと受け継がれ、そしてついにたどり着いた一つの奇跡であった。

その奇跡に、真理も巧も気づいてはいない、気づく必要もない。それは二人にとって至極当然のことなのだから。
その先の二人を待つのが悲劇であっても、ぼくたちはそこに、ぼくたちの希望を見つけた。


涙で目が曇ってもう書けないのでひとまず終了。

※ここまでの文章の関連文としてぼくたちのヒーロー第三章:異者理解改訂版を挙げておきます。

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その他の感想

もう、みんなちょーかっこよかったです。

ファイズ新フォームはそうでもなかったかな。アクセルは最高。なんかキック技の連続コンボすっげーよ。

ピーターホーつよーい。やっぱ設定上それなりに格闘技とかやった人が変身すれば、そりゃ変身効果も倍増だよな。

ぼくたちの愛する海堂さん(蛇)、死に際のドラマとかはそりゃ感動的だったかもしれないけど、セリフがだめだめっていうか、ちょっとね。うそっぽすぎた。脚本が。まあ時間は限られていたししょうがないけど。

天使みたいなあの子(ミカ)は、天使みたいよりいい芝居してた気がする。でもやっぱりね、死ななきゃいけないんだよね、こう、主人公に手をだしちゃった以上ね。きれいにおさめるためにもね。

というか、その存在が邪魔になった巧によって殺されたようなものだよね。

つまり、水原(人間解放軍のリーダーね)の危険性を感じた巧は、その後おそらく水原がファイズのベルトを狙ってくることを予測しながらも、ファイズギアを携えてミナの元へと向かい、さらにミカを精神的に追いつめると同時に優しさも見せ、彼女の精神を揺さぶります。
そこに彼の予想通り襲ってくる水原。
もちろん、そんじょそこらの銃弾なんてオルフェノクの巧には利かないんだけど、そんなそぶりは見せず、さらにミカをかばったり逃がしたりするでもなく、自らへの罪の念と巧への愛情が入り交じるミカが自発的に銃弾からかばってくれるのを待った、というよりむしろちょっとひっぱって盾にしたのかも。

そして当初の目論見通り、巧と真理が結ばれる上での邪魔者・ミカは、彼がその手を汚すことなく、さらに水原に罪を背負わせながら、死んでいきました。

同時に、真理が巧と結ばれる上での、また巧を救世主として知らしめる上での厄介者の一人、水原も、その直後にもう一人の厄介者である木場によって葬り去られるわけですが、おそらくそこには、真理による策謀があったに違いありません。

ファイズ=巧復活の知らせを聞いた木場は、早速人間解放軍のアジトへと向かいましたが、そこには当然たっくんはいません(ミカ抹殺計画実行中)。そこへ真理が、たっくんの不在とそれを異様に興奮した水原が追ったことでも伝えたのでしょう。あの騙されやすい木場くん(その騙されやすさはこの劇場版でもいかんなく発揮されていましたね)のこと、早速現場へと向かいます。そして水原に追いつく木場。その後の結果はご存知の通りですが、そうなることは、木場とも水原ともつきあいが長く、二人の間の葛藤をよく知る真理にとって、容易に想像がつくことでした。
ついでに、ファイズギアが水原に一度奪われるようにすることくらいは、たっくんと打ち合わせしていたのかもしれません(詳細は後述)。あるいは何も言わずとも通じ合うものがあの二人にはあったとしてもおかしくはありませんね。どうせ水原には変身もできません。そして、水原は死に、木場は罪を背負わされ、人間たちとの間に決定的な亀裂まで生み出しながら(おそらくあの水原殺害現場を目撃したメンバーも、真理にけしかけられて現場へ向かったと思われます)、去っていく。真理による去り際の川辺での陰口も、おそらく木場の地獄耳を前提としたものだったと思われます。

こうして、その手を汚すこともなく一度に邪魔者をすべて消し去り、平和に真理と巧は結ばれるのです。

あ、もう一人、ひょっとしたら邪魔になるかもしれない男、啓太郎ちゃんは、天才博士の変身したら死ぬあの薬品(きっと真理がつくらせた)で死ぬはずでしたが、天才博士(計算を間違うこともある)のおかげで変身しても死ぬことなく、生き永らえたのでございました。まあ、その後にたっくんの力技で放置されてしまうわけですが。

しかしこうして考えてみると、おそらく巧の記憶は、映画でぼくらが目撃したあのシーン以前によみがえっていたのではないかと考えられます。
とはいえそこですぐに名乗りを上げては、義理と人情の間で角が立ちまくりです。
密かに真理と連絡をとり、誰もいないあの仮面舞踏会で、ぎこちなく踊りながら、邪魔者を消すための参段をとります。ミカの服の完成が遅れたのもおそらく巧の計算通り(あるいはなにか計略がおこなわれた)であり、すんなりミカを置いたまま会場へ向かい(まともに見える靴屋の巧ならそんなことはしません。この時点で何かがおかしいことに気づくべきでした)、計画的に真理と仲良くいちゃいちゃする様を見せつけ、あるいは記憶が復活する(ように見える)決定的な瞬間まで見せて(実際その瞬間彼女がそばにいたかどうかはわからないけど)、ミカを追いつめることにも成功しました。
そこでミカが自殺でもすれば二人にとって万万歳だったのかもしれませんがそうもいかず、その結果、上で書いたような殺害計画が実行されてしまいました。
あるいはそんな前の方でなくても、一度人間解放軍のアジトに戻った後で散髪シーンがありましたね。あんなことしてたんなら、余裕で邪魔者一斉排除の打ち合わせなんてできちゃう。

ああ、人間って恐ろしいものですね。
そしてパラダイスロストって、サスペンスだったんですね。

[後略]
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