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過去ログ掘り起こし。

なんとなく流れで書いたのですごく読みづらい・無駄な指示語が多くて意味がわからない、など問題がある文なのでちょっと説明すると…

当時いくつかあった「他人様のサイトの文章にリンクして感想を述べるだけの大手サイト」で、どっかのサイトからの引用として、メジャーな雑誌に載った書誌学者の林さんの文章とそれに対する素人みたいな人の中途半端な調査(これがよく考えるとすごくおかしい)を並べつつ、「林は間違っていて(ろくにソースも出ていない)ネット上に書かれた変な調査が正しい」と、なぜか妄信的に決めつけたそのサイトの意見を全肯定しつつさらにてめえでも鬼の首を取ったように偉そうなことをいろいろ並べ立てていたので、ぼくのサイトではそれを参照しつつ、「よくメディアリテラシーとか言ってテレビとか本とか、マスメディアを疑うように教えられるから、そういったメジャーなものを疑うのはみんな得意。だけど、ネットの言説はマスメディアに対するほどに疑うことを知らない人が多いようだから、意外と簡単に踊らされるというか騙されるよね、といういい例」みたいな気持ちを書いたりもしたんです。

まあ、それだけのことです。
そして、そのマスメディアを疑いつつ、ネットの素人言説にはみんな意外なほど弱いなあ、という感想は、今でも変わっていないどころかますます強まっています。

ということですごく読みづらい話だけどこっちにも転載しておきます。

あと、その他人様のサイトの感想だけでサイトを作っている人は、個人的にはすごくいい人なんじゃないかと思います。べつに個人攻撃したかったわけじゃないんで、もしそう見えたら、謝ります。ごめんなさい、

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ちなみに、ここで出た本が滅びる云々の話は、ネット書店がアレして、いわゆるロングテールのなんちゃらってやつで今となってはちょっと事情が変わっているかもしません。あるいは、むしろそのロングテールの中で、ベストセラー的なものは滅び、そうでないものが残るという傾向が強まっているかもしれませんが。

リンボウ先生VSなんかの調査の中の人たち。
2003/6/25(水)-2
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彼女のブックマークに入っていた迎賓館裏口ってとこ(たぶん有名)で見つけた記事(2003/6/24)で、文芸春秋(2002/12)のリンボウ先生(林望)の文章(「私は書誌学者であるからこういうベストセラーというものの末路についてよく承知している。ベストセラーというものは、一言でいえば群集心理によって発生する。歴史的事実を書誌学的に検定したところでは、「ベストセラーの書物ほど滅びやすい」と断言することが可能である。(中略)そこで仮に出版後十年五十年百年という風に指標をとって、それぞれの書物が何冊現存しているかということを調べると、結局ベストセラーになったものほど、残存数が少なくなっているという皮肉な現象が起こる。それは書誌学上の常識である。」[文芸春秋(2002/12)より引用されたものを再引用])が気に入らなかった人たちの調査(ここの一番下。どうやら、リンボウの言うことは本当か、いやうそだろう、という仮定のもとに、60万点以上ある目録の中から、わずか500点抽出して、「ベストセラー」と比較したら明らかにうそだったんだって。( ´_ゝ`)フーン)ってのがあったんですが。

なんつーか、リンボウ先生のその文章も読んでいないし、肝心の数値なんかもそのサイトには載っていないしで、あんまりいろいろとここで言うことはできないかもしれないんだけど、その調査くらいの反証で、鬼の首をとったようになるのはちょっとどうかと思う、って感じです。
もちろん、(その切り取られた部分の引用を見る限りでは)あっさり断言しっぱなしのリンボウ先生の文章が反感を買いやすいのもわかるし、そもそもぼくはリンボウ派でもないんだけど(その著作とかたぶん全然読んでません)、それ以上に、この調査ってのがまた、ほんの500冊程度を調査って。大体「日本書籍総目録」に載っているのだってこれ見るだけでも60万冊以上出てるくらいで、本なんて毎日どんどん出ているんですよ。どんどん出て、ほとんどはあっちゅーまに絶版とかね。
で、その中から500冊ってね。一日に出る新刊ってのがそれくらいじゃないかな。
こういう調査では抽出するのはあたりまえだし、60万全てやれとかバカなこと言うわけないけど、その性格上さすがにこれではなあ。
ついでにその500冊に対して調査対象になった「ベストセラー」ってのも、実際どういうベストセラーなのか、っていうか、くり返すけど、全然元の文章を読んでいない身でこういうことを書いている以上この調査にどうこう言うことはほんとはできないんだけど、それでも(ひょっとしたら意図的な部分として)切り取られた断片を見る限りでは、リンボウ的には、長い年月の中でたくさん、継続的に売れ続けて行くことでより多くの部数が出る本というよりむしろ、1986年のベストセラー(こんな感じ。てきとーに1986年を見たけど、スーパーマリオの攻略本かよ。そりゃ滅びるわ。あとうつみ宮土里のカチンカチン体操とか笑った)って程度の「ベストセラー」だったり、もっと言うと、本で例をあげると弊害がありそうだな…、うーんと、たとえばCDならだんご三兄弟みたいなやつってことじゃないんでしょうか。
あるいは、もっと大昔のベストセラーってこと?100年前とかの。それだったらまたこの調査のやり方ではまったく見当違いな気もするけどさ。滅びるとかいう言葉の定義自体が全然違う。そうでなくたって、出版されている/いないという判断基準も疑問だし。
ついでに印象論だけど、たとえば今話題になって本屋の店頭で平並べになっている本が、近い将来本屋で探そうとして棚の片隅にでもあるのかっていうね。ただの印象論だから、なんの根拠もなく言いっぱなしで申し訳ないんだけど、本屋の店頭より、ブックオフの100円のカゴを見て回った方が早いような本を滅びていない、と言えるのかどうか。大体、10年もたっていないけどたとえば『ダディ』とか読みたい(ネタ以外で)って人いるの?いないでしょ(ごめんそもそもダディとか読んだことない。なんか叩き売りされてるイメージで言ってみただけ)。滅びているか否かっていうのは、それが「読まれている」のかどうか、ってことではなくって?もちろん非常に判断しづらい基準ではあるけれど。

全然関係ないけど、こういう感じで、仮説と、そのために都合よく練り上げられた調査内容と、過程とか数値を省いて断定された結果だけ紹介して、いろんなことを決めつける事例ってよくありますよね、テレビとかでも。自称学者が、「私はなんちゃらとかんちゃらの関係についてさまざまな調査を行った結果、やはりこの二つには大いに関係性があることを証明しました」ってだけ(ほんとにそれだけ)言われて、スタジオが「おーっ!やっぱり!」って湧くようなやつ。ぼくたちバカな大衆は、簡単にそういうのを鵜呑みにしちゃうんで(まあ、リンボウ先生の方も引用された部分だけ見ると同じようなもんなんだけど)、上の話みたいにリンボウ先生VSなんかの調査の中の人たちの例みたいなのがポンと出て来て、いろんなでっかいサイトなんかの人も、コノチョウサマンセー、リンボウタイシタコトナイネ、ウソバッカリ、なんて安易に決めつけられちゃったりもしたら、ねえ。

特に、テレビとか大手メディアはウソを言うことを知りながら、大手サイトはウソを言わないと考える中途半端な大衆も多いし。ついでに相手が文芸春秋だから、みんな嬉々としてやっちゃうよね。実際この調査がどういうものかっていうソースにしたって、はしょりすぎの覚え書きしかないってのはどうでもいいのかね。みんなそれだけでよく鬼の首をとったように喜べるよな。

「ソースのきちんと出てない文章は例え文芸春秋のコラムであっても信用ならないと云う好例」(迎賓館裏口より)であると同時に(ちゅーか、そこらへんのコラムなんかはじめっから信用できないよね)、ソースの出ていない調査はたとえなんか権威ありそうな人たちの調査でも信用ならない(いや、ソースが出たところでそうそう信用もできないのだけど)。

まあ、実際リンボウ先生が言うような○○学の常識みたいのはころっと覆ったりするもんだけど、迎賓館の人が挙げた調査はちょっと露骨に意図的すぎな気がするってだけ。はじめっから嫌いなやつに反論するために行われた調査なんてこれっぽっちもあてになんねえよ。…あ、ひょっとしてネタだった?なんちゃら会議の余興?他の調査なんかと比べても明らかに毛色というかレベルが違うもんね。ごめん、ネタにマジレスしちゃった。かっこわりー。

なにはともあれ、どっちのテクストもよく読まないでこんなこと書いてるぼくが一番だめ、ってことでいいよね。

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(8月5日補足["捕捉"ではない]:なんか上で引用した迎賓館では、"捕捉"として、リンボウ先生にすべての責任を押し付けていました。たしかにリンボウ先生が言う事実はあるそうだけど(と誰かが指摘したらしい)俺様が理解できなかったのはリンボウの書き方が悪いんだとか言って。笑わせてくれますね)



リンボウ先生VSなんかの調査の中の人たち。の後の雑感
2003/6/26(木)
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昨日のおまけ。
とはいえ、昨日も昨日でまたなに書いてんだろね。

ちゅーかあらためてリンボウ先生の文章を読んでみると「何冊現存しているか」だとか「残存数が少なくなっている」という言葉は、それに反発した人による調査の「「滅びる」というあいまいな語を 出版されていない、という意味で解釈」(日図研参加報告より引用)したのでは根本的に間違っているだろ、という気にさせられます。つまり、1986年にベストセラーになった『うつみ宮土里のカチンカチン体操』は、ひょっとしたら諸般の事情で絶版にこそなってはいないかもしれない。(むしろここ数年、半ば絶版同様に、版を重ねていなくても、かつてたっぷり売れた実績もあればなかなか「絶版」にはならない?ごめんこのへん詳細とか知らない)でも、同時期に発売された、さほど売れていない、ひょっとしたら絶版になった本と比べたときに、現在家庭の本棚に残っている、というような意味での「現存数」を比べたときどうなるのか。
(ごめんなさい、リンボウ先生の文章も調査の方の詳細も見て無いからこれ以上断定とか無理です。あくまで憶測。)

そういや、たとえば最近ファミコンやスーファミが生産停止になったってニュースが流れたとき、「うわー、まじで?ちょー残念」なんて思った人よりは、「へ?まだつくってたの?」って感が強かったと思うんですよ。たとえ生産が止まっていなかったにしても、それ自体「滅びて」いなかったと言えるのかどうか。
いや、ぼくにとってスーファミってのは今一番熱いハードであるのですが、そういう個人的事情と関係なく、もちろん書物と違って技術的な側面もある以上同列で語るものでもないかもしれないとはいえ、それでも、「滅びて」いるかいないかを考える時に、一つの指標となる事例ではないかと思います。
もちろん、そんな微妙な基準で滅びる滅びないを判定していたら、簡単な調査なんてできないんで、ぱっとみわかりやすくて、しかも自分たちに有利にはたらく、出版されていないという基準はよかったのでしょうが、結局それではみんな納得はしないのではないでしょうか。

そして滅びる滅びない言ってるけど、そもそもたいして人もこないようなこのサイトが、たとえ更新は細々と続けられたところで、滅びていないといえるのでありましょうか(いや、滅びている)。
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