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過去ログ掘り起こし。

たいした話ではないのですが、この録画失敗については本当に人生の分かれ道だと思っているので記念碑的に残しておきます。

 

オタクの分かれ道。
2003/8/19(火)

土曜の更新で天使みたいなサンダーバードの話を書きましたが、ほんとに録画失敗された方がいたようで、なんとなく申し訳ない。

ウルトラマンコスモスの時の借りもあるので力になれればいいのですが、うちにはテレビデオ(モノラル)一台だけでダビングとかできないし、しかも三倍という惨憺たる状況。これはソフト化まで待たれたほうが得策かもしれません。あ、うちまで来れば見られますよ。ああ、ついでに怪獣_オフにも来てくださればいいのですよ。

以上ほとんど私信。

まあ、こういうこと書くとね、馴れ合いとか、テキストサイトなのにネタはないんですかぁ、とか言うやつもいる気がするんだけど(賢明な皆さんならそれがいろんな意味で、自虐的な意味合いも含めて、無知蒙昧な言説ということはご理解いただけるかと思いますが)。


録画失敗といえば、ぼくには一つ致命的な、その後の運命を変えた録画失敗的なものがありました。

十年ほど前のあの日。

当時中学二年生だったぼくは、その当時放送されていた『機動戦士Vガンダム』により、その後の人生を変えるような(つまりいろんな意味で道をどんどん踏み外していくような)インパクトを受け、Vガンダム全話録画開始や月刊ニュータイプ購読開始など、非モテへの道を真っ逆さまに転がり落ちていく、まさにその導入部分にありました。

そんなある日。
ぼくは、テレビ欄の下の隅(つまり深夜)に、『新スタートレック』の文字を発見したのです。
それまではスタートレックなんてろくに見たこともありませんでしたが、ヲタ一年生の目にも、その番組名はそれなりの価値、輝きがあったのです。ぶっちゃけニュータイプ100号記念別冊とかの影響だった気がしますが。
しかも、偶然にもぼくの辺境のふるさとでは、その日が初回放送。迷わず予約です。

…ええ、もう、最初に言ったので今更ですが、録画失敗しました。
予約の大敵、野球中継のおかげです。

おそらく、野球のおかげでとんでもないことになった経験は、誰でも持っていることでしょう。
ぼく自身、その後もいくらでも経験しています。

しかし、この時の失敗は痛かった。
人の道を踏み外しかけの偏執狂にとって、第一話を録り損ねたこの瞬間生まれた、ある種の諦観が、その後のスタートレックに対する態度を決定づけたのです。
もう、見ねーよ、と。

ある程度の良識を持った方なら、べつに一話見逃したくらいいいじゃないの、と思われることでしょう。
もちろん、今のぼくならそんなことはしない。
ぶっちゃけ、『仮面ライダーアギト』の第一話も見逃したまま放置で、そのまま見続けたこのぼくです(あ、言っちゃった…)。

でも、偏執狂一年生の、まさに偏執狂と呼ぶに相応しい、青く歪んだ蒐集へのこだわりと、その裏返しの諦観。それが、ばっさりスタートレックを切るという結果を生んでしまった。
もちろん、スタートレックという重みのある作品に対しては、より真摯でなければならないという気概も、そこにはあったのかもしれない。

おそらく、あそこで録画失敗さえしなければ、ピカード艦長やデータ少佐はじめ、魅力的なキャラクターに溢れるこの世界に惹かれ、そのままトレッキー、トレッカー、トレッキストの道を迷わず猛進したであろうことは、想像に難くない。
けれど、スタートレックシリーズとの一瞬の邂逅と決別を経たぼくは、その後、『セーラームーンS』という、まったく別のベクトルにあるオタク街道に導かれ、遥かな高みを目指して転がり落ちて行ったのでありました。めでたしめでたし。

めでたくねー。


まあ、もちろん今は結構新スタートレック好きさ。劇場版しか見ていないけど。『ファーストコンタクト』とか、おぼろげにしかスタートレックの世界観知らないぼくでも、ボーグ(機械生命体)だとか、重大なネタバレだから詳細は書かないけど、ワープ航法が完成した後のあのシーンとか、すっごいわくわくした。

それだけじゃなくて、こういうサイトやっていく上でも、実はいずれ他の作品と絡めて何らかのかたちにしたい「スタートレック世界の価値観」みたいなのもあるし。

でもやっぱり、それほどに思い入れはないんです、スタートレックシリーズには。
今も深夜にやっているけど、結局たまにしか見ないし。
どうも他のいくつかの作品ほどには、熱くなれない。『性本能と原爆戦』の方がいくらか熱いくらい(いや、さすがにそれはないかな)。

そういう「現在」をつくりだし、さらにまたべつの方向へと追い風を吹かせた運命の分かれ道が、ぼくにとってあの録画失敗の日であったことは明々白々なのです。

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あと、話は冒頭の私信に戻りますが、なんでテレビデオ(モノラル)しかないのかって言えば、ぶっちゃけ一人暮らしを開始したあたりの時期は、偏執狂的な道からかなり外れていたんです。
もちろん、高三の身で学校さぼってエヴァの映画見に行くような、いっぱしのオタクみたいなことは春も夏もやったし、まさにその時期、同い年のやつらが主人公だった『電磁戦隊メガレンジャー』が特撮の世界にぼくを引き戻しつつあったのも事実(こういう、出戻りでーすみたいなこと言うと、幼少の頃から絶え間なく特撮だけを愛してきたやつらは小馬鹿にするかもしれないけど、ぶっちゃけ一度も特撮を卒業することなく大人になった人間ほど香ばしいものはない)。

だけどね、偏執狂的な情熱みたいなものは、一時的にかなり下火になっていたんですよ。
岡田斗司夫によれば、それはオタクの危機の第三段階(ちなみに第二段階は、まさに上で書いた中二の頃)の時期にあたるわけですが、どうにかそれを乗り越えて、あ、もちろんぼくはオタクではないですよ、でも、まあ、ぎりぎりこういうサイトを開いて続けるくらいのラインは維持している、と。
ただ、そのオタクの危機が残した傷跡が、このテレビデオであったりするわけです。その頃はもう録れりゃいいや、って感じで。中二の頃から保存版にはなんか高いテープに標準録画がデフォルトだったこのぼくが。
この環境のおかげで、大切な作品ほど、全話録画保存とかする気にもなれない。その割になぜかビデオテープの数が多いのは内緒(というより自分でもなぜだかわからない)。

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オタクの危機に関しては、岡田斗司夫『オタクの迷い道』(文芸春秋、1999年)P.62あたりを参照。
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