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ネット関係の商売って、今でもどんどん新しいものが出てきて、まあ大抵は半分詐欺みたいなもんだけど、おいしい思いをしている人も多少はいるようですね。

こないだハウルの動く城をテレビで放送していて、実はそれはほとんど寝ていて見られなかったのですが、その後同居人(妹)がザッピングしていて切り替わったテレ東で、偶然そんな胡散臭い商売のニュースが流れていて、一気に目が覚めてしまいました。

今日は、そんなハウルよりも衝撃的な、ブロガーやら何やらを取り巻く胡散臭い商売について、ちょっと思いを馳せてみました。

 
==以下本文===
先日、うちの妹の誕生日だったので、妹とうちのパパとぼくとでちょっとお高いレストランで食事したのですが(ちなみにぼくはそんな誕生日サービスしてもらった記憶がありません)、正直ぼくは乗り気ではなかったので、「好きなとこにすれば?」と放置していたところ、パパがぐるなびで変な店を見つけてきて、そこに行くことになりました。

内装は立派なものの、味は大したことない店だったのですが、今回はその店の内容はさておき、世の中ではWEB2.0がどうしたとか言われていても、ネットがあんまり好きじゃない人にとっては、広告一辺倒としか思えないぐるなびやホットペッパーが大切で最先端の情報源なのだなあ、と実感した今日この頃でした。

とはいえ、世の中的には、というか、最近のネットを見ると、ぐるなびのようなお店側からの一方的な情報サイトや、雑誌などで見るグルメライターやらなんちゃらの王様の言うことよりも、素人さんのクチコミに重きを置く人が増えているようです。

たとえば、ライブドアグルメ(買収される前はよく見てた)とか、食べログ.comのような、素人さんが感想を勝手に投稿して、評価して、それを並べて…みたいなサイトとか。

あらかじめ言っておくと、個人的にはこういう素人の感想サイトなんて当てにできるとは思っていません。

とはいえ、見る時には見るんですけどね。
たとえばお店の前を通りかかってなんとなく気になった場合に、どんな感じなのか調べたり。
そこで評価が低かったりおいしくないなんて言われていても、やっぱり行くんですが。そしてサイトでの評価と反してかなりおいしくていい感じの店であることも多いんですが。
あるいはいつも行く店を見てみると、これはどう考えても間違ってるだろ、と思う評価をしている人もいます。良い意見も悪い意見も。
さらに、これはちょっとないだろう、という店でも、投稿者たちはやけに褒めていたりすることもあります。

要は、素人の評価なんてあてにならんわけですが。

でも、ど素人の投稿者たちの中には、まるで自分が旨い店の伝導師であるかのように、尋常ではない量の投稿を繰り返す人がいたり、その文体や書く内容からして、「人々が旨い店を探す参考にする自分」というのを強く意識しているようです。(まあ、そういうやつに限ってあてにならんことが多い気がするけど。)

そして、世の中的にも、かなりの人が、「素人によるクチコミ」というものに価値を見いだし、旧来のマスメディアではなく、そういったネット上のクチコミを参考に、ものを食べ、あるいはモノを買い、日々の生活スタイルを築き上げつつあるようです。

そのクチコミ大好きっ子たちの心のよりどころになるのは、飯で言えば上のようなサイトであったり、モノであれば価格.comのような意見集積所(なんか呼び名があったけど忘れた。追記:CGMでした)だけでなく、最近では、いや、ずっと以前からかな、個人ブログもその舞台となっています。それも、アルファブロガーと呼ばれるような人々ではなく、ただのブロガー。

特にアフィリエイトなんかがはびこっている今日この頃、モノを売るためだけのブログというか、アフィリエイトのためだけのブログなんてものが、それもやけにたくさんあるようだし(例:http://blog.fc2.com/community-44.html)、アフィリエイト以外の日記やら何やらを書いているブログでも、ページの上部が3画面分くらい全部アフィリエイトやら何やらでスクロールだけで大変だったり、ただの日記でもところどころ単語がリンクになっていて、そこにマウスカーソルを持っていくと変なポップアップが出て実はそれが全部アフィリエイトで、読みづらいことこの上なかったり、なんだかとんでもない時代だなー、と思うんですが、そんな小金を求める時代の潮流をうまく食い物にしやがったなーという商売が、先日テレ東のワールドビジネスサテライト(WBS)で紹介されていました。

クチコミを仕掛ける!脅威の主婦パワー
http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/2006/07/21/news_day/n1.html


"ブロガー"によるクチコミを信じて(騙されて)モノを消費するらしいブログ読者と、モノ・カネへの飽くなき執着を持つブロガー、特に主婦ブロガーをうまく利用し、ブログでモノを紹介させることで、商品を売ろうというアレ。
ブロガーをつかまえてきて、タダでモノをあげてブログで紹介してもらって広告としての効果をアレしようというアレ。

たしかになんとなく、すごくいい商売な気はしますよ。
"ブロガー"って、その手の"ブロガー"だと飯ブロガーくらいしか知らないけど、よくムラが出来ていたりするから、たとえば飯ブロガーの場合、同じムラのなんちゃらさんがオススメしている店だから…みたいな感じで嬉々として同じ店にいく人がたくさんいたりするんですよね(ぼくはどこのムラにも入れなかったからそういう人生は歩めませんでしたけどね)。そして、客観的に見ると全然だめな店でも、なぜか揃いも揃ってべた褒めしてたりする。ちょっと不思議だけど、そういうの、よく見かけました。

同様に、"よく知っているブロガーのなんちゃらさん"のオススメ商品ということで、モノへの欲望を刺激される人が多いのもなんとなく理解できるし、たぶんそうやって第一歩目から騙された人は、そのモノを買って、実際に試して、客観的に見たら全然ダメ、大したことない商品だったとしても、意外と批判とか反感とか抱かない。なぜか騙され続ける。

特にブログを中心としたネットによるクチコミってのは、単にモノを買わせる、あるいはレストランへ足を運ばせる、その第一歩を作るだけでなく、その後の心象すら操作している気がします。

スポンサーがどれくらい払っているのかは知らないし、それだけの効果が実際に出ているのかどうかは知らないけど、スポンサーも騙されてるんじゃないかな、斡旋している会社に。

ブロガー-読者間にある不思議な心理をなんというのかよくわからないけど(同調?)、つくづく思うのが、なんでみんなそんなにネットを信用しすぎるの?ということ。

ずいぶん前にも書いたのだけど、メディアリテラシーやら何やらで、テレビとか雑誌のようなマスメディアを疑うことは、すごく日常的になっていると思います。たとえばテレビでデブタレが美味しそうにモノを食べていても、本当にその店がおいしいかどうか、一応疑う人は少なからずいると思います(テレビに出ただけで行列する人もいるにはいるけど)。

だけど、マスメディアは疑える人でも、なぜかネットの情報、特に個人、というか素人が発信する情報は、思いっきり信じてしまったりする。

単にネット歴が長い短いの問題ではないようで、3年ほど前に同じような話を書いた時には(これ)、おそらくそのへんの素人の何十倍もネットに重きを置いているような、テキストサイトを見て自分のサイトからリンクをして感想を書くような、今だとvip系まとめサイトみたいなことをやっている人が、雑誌に書かれた文章を疑いつつも、それを否定するらしいネット上にアップされた調査(見た感じ全然ダメ調査でしたが)を全肯定してしまうというアレな状況がおきていました。(さらにそのエセ調査よりも雑誌記事の方が正しいと誰かに指摘されると、「これは雑誌に書いたやつの書き方が悪いんだ」とか言い出す始末。なんだそりゃ。)

↑まあ、余計なことを思いついたら書かなくてもいいの書いてしまうのがぼくの悪いところなのこの件はどうでもいいんですが、マスメディアは嘘つきだけどネットは本当・大手テレビ局や新聞社は嘘をつくけど個人の情報発信や草の根メディアは2ちゃんねる以外大体真実、という感覚を無意識的にであれ抱く人は多いように思います。

たしかに、wikipediaのようなメディアは自浄作用というか、人の目に晒されることによっておかしな記事は改変されていくし(でもやっぱちょっとこれおかしいよな、偏ってるよな、という記事も時々見かけますが。オタク系とか特に)、ぼくだって、ネットが全部嘘つきなんて言っている訳ではないのですが、でも、それにしても、モノを買ったり食べたりする時には、信じすぎる人が多い(ぼく自身そういう傾向はあるかもしれません)。

とはいえ、ブログ読者が信じがち夢見がちなのは、とりあえずどうでもいいです。
ろくに自分の判断基準もないんだし、自分で旨そうな店を探す気もいい商品を見極める力もないんだったら他人に頼るのは仕方ない。

実はぼくが危険視しているのは、「これいいよ~」なんて紹介する"ブロガー"さんたちの甘さ。

甘さというのか自己顕示欲というのか知らないけど、そもそも、そこってそんなにいい店ではないよね、それって敢えて他人様に紹介するほどいい商品でもないよね、という場合でも、なぜかやたらと褒める。

モノの場合、たとえばアフィリエイトであれば、それをクリックして買わせないといけないことが多いから仕方ないけど、べつにその店に行っても何にもならない飯ブログの場合でも、みんなべた褒め。

もちろん、主観だから云々という人もいるでしょう。だけど、主観だけで片付けるにはちょっと不可解なほど、みんなどうでもいい店を褒め、どうでもいい商品をすすめる。

なんでそんなことになるのか、なんとなく考えてみます。考えながら書くので、ちょっとアレかもしれませんが。

■仮説1:みんな本気でそれがいいと思ってすすめる。
これがいわゆる主観の問題ってことですね。たしかに、ろくに旨いものを知らない人や、以前書いた料理神経のない人であれば、松屋の牛めしですらおいしいと他人に勧めるかもしれません。まともな鰻を知らない人であれば、水分の多いご飯と、電気で焼いた紙のような食感の鰻で構成された最悪の鰻重を、最高に旨いとか言い出して失笑を買うかもしれません。

まあ、そこに罪はないけれど、ちょっとかわいそう。そして、そういう人が他人にモノをすすめちゃいかんと思います。

■仮説2:褒める、推薦する、紹介する、そんな行為がカ・イ・カ・ン。
これは、本当に不可解だけど、気持ちはわからないでもない。
飯の例で言えば、最初はただ単に単調な自分の生活の中で唯一変化のある飯に目をつけて流行りのブログをはじめたものの、ある程度ムラができたりムラに組みこまれたりする中でジャーナリスト気取りにでもなるのか、"おいしい店"を紹介する行為自体に酔い、自分の意見を待つ”読者さん”の存在を強く意識し、いつの間にか"おいしい店紹介"にはまっちゃう。

いや、べつにいいんじゃないかと思いますよ、それも。なんとなく流行りに乗ってはじめたブログでも、そこに目的ができるって、生活にはりがでてよかったですね~って感じ。

自分と入れ違いに入った客が、自分がよくブログで食べるメニューと同じものを食べただけで「あ…あれは小生のブログの読者さんじゃないの!?」とか恥ずかしげもなく書けるような人が、ちょっとうらやましいくらいです。
そこまでは、まあ、いいんだけど、問題はそこからですね。

最初はただの素人としてものを書き始めた人でも、"読者さん"を意識しだすことで、自分がちょっと特別な存在のように思えてくる。
上で紹介したWBSのニュースでも「私こそ井戸端会議の主役よ、と胸を張る女性」と書かれているように、なんだかおかしな精神状態になっちゃう。主役って。

セカイ系と飯サイトで云々とか書いたのも、ちょっとその精神状態に近いものを言いたかったんですが、ある程度"読者さん"を意識した"ブロガー"は、自分自身が、特別な存在に思えてしまうようです。

まあ、いい。そこまではべつにいい。
だけど、そういう人たちって正確な判断基準を失ってしまうのか、
「おいしいという人がいたら、周りに話してください。おいしくなかったら、決して他言しないで下さい」
と、担当者が言っているにも関わらず、まだ家にも帰らないうちに
「きょうも早速もらったものをブログに載せようかな」
なんて平気で言ってしまう始末。

仮に、サンプル配布会で、食べたり試用したりしていたにしても、担当者の説明を受け"主役"たちの集まった異様な高揚感で「体験」したものなんてろくなもんじゃない。

もはやそこでは、自分がよいと思ったものを勧めるというよりも、「何か」をオススメすることが主体になっている気がしてなりません。

さらに、これがこの斡旋商売をはじめた人の賢いというか小賢しいところというかよくブロガーをわかっているところなんだけど、新製品やらこれから出る商品が、人より先に送られてきて人より先に試すことができる時点で、自称「井戸端会議の主役」たちの特別感というか虚栄心というか自己満足というか選民意識というか、とにかくそういうものを、大いにくすぐることができるんですよね。そして、その商品が良いものであればもちろん、実際は大したことがなくても、ブログで発信したくてたまらなくなっちゃう。

もちろん、あまりにひどい商品を送りつけるはずはないでしょうからブロガーの手元に届く商品って多少はよいものかもしれません。だけど、たとえばそれを自分でスーパーで買ったら、決してブログなんかじゃ紹介しないものでも、あの"ブロガー"たちはなぜか嬉々として紹介しちゃうわけですよ。

斡旋会社も口では「おいしくなかったら、決して他言しないで下さい』なんて言いながら、もちろん律儀に他言しない人や、悪口を書く人もいるかもしれないけど(実際はほとんどいないと思うけど)、ほとんどの"ブロガー"が好意的な記事を書くことは確信しているわけですよね。

書かないとあの人たちは"井戸端会議の主役"じゃないんだもの。書き続けることで、自らのポジション(脳内ポジションであれ)を維持できない、血を吐きながら続ける哀しいマラソンにたとえることもできそうな、そんな地獄の輪廻が見えてきます。

"井戸端会議の主役"を自認するブロガーにとっては、モノがもらえて、ネタができ、さらに自分の虚栄心も満たすことができ、ついでに小遣いも入る(テレビでは無報酬と言っていたけれど実際には報酬が発生するそうです。そうなるとますますブログに書かない人や悪口を書く人はいないですよね。担当者も内容を確認するとか言ってるし)という、いいことづくめの商売。その"ブロガー"にくっついた"読者さん"は最初から最後まで騙されて、商品を買わされても、"井戸端会議の主役"に同調した心理は、満足感こそ与えるものの間違っても「裏切られた!二度とあの"ブロガー"にはついていかない!」なんて言い出さない、幸せな世界。

そして、ブロガーにサンプルやら何やらを配布して記事を書かせつつ「これからのネットはクチコミですよ。ブログですよ」とか言ってよくわからないスポンサー企業を騙してがっぽり儲ける斡旋会社さんも笑いが止まらない。もちろん騙されたスポンサーも、とりあえず商品が売れたらうれしいし、売れてなくても斡旋会社がたぶん騙してるから喜ぶ。

端から見ていると、とてもいびつでそうそう長続きはしない気がするのだけど、そこにはwin-win-win-winな関係が構築されています。

ちなみに、ネットの商売に関してぼくがこれはちょっとどうかと思う、と書いたものは後々大成功することがよくあるので(ブログとか)、どんなに気持ち悪くても、この"ブロガー"の心理を巧妙に利用した商売は今後さらに成功するのかもしれません。悔しいことに。

そうそう、どうせこの手の商売がぼくの期待に反して続くのであれば、まだこの"ブロガー"に商品をあげて記事を書かせる商売って飯ブログ界にはあんまりないようなので(実際には有名食い倒れブロガーを、飲食のコンサルとかやっているらしい人が新しくできた店に連れて行って書くようにしむけた記事を見たことがあるので、わかっている人はわかっているように思うのですが)、紹介記事を書きたくてたまらないブロガーに飯を喰わせてその記事を書かせる商売をはじめたら、それなりにうまくいくんじゃないかな。

特に、強力な後ろ盾(それスポンサーかもしれないし、グルメライターやら何やらとのコネクションかもしれない)もないまま新しく出店して、これといった集客手段もないような飲食店に、「これからはブログの時代ですぜ、げへへ」とか言って騙して金を払わせて、"ブロガー"に「まずかったら書かなくていい」とか言いながら騙してただでランチでも喰わせてみればいいんじゃないかな。自己顕示欲と虚栄心とタダ飯喰いの特別感と、まあ、なんかそういうのが渦巻いたブロガーは、嬉々としてべた褒め文章を書きますよ。間違いなく。ちなみに、かなりの飯ブロガーが、最初に書いたライブドアグルメやら食べログに、ブログの記事と同内容のものを投稿しているので、二重の宣伝効果が見込めます。

で、"読者さん"がさらにだまされて食べに行って、普通の飯であっても「おいしかったですぅ~」とか気持ち悪いコメントでも書いて(まあ、今時本当にまずい飯なんてそうそうあるもんじゃないから、大抵は騙せると思う)、さらにひょっとしたらその"読者さん"も自分のブログで紹介するかもしれない。で、ネットでたまたま調べた人が、べた褒め記事だらけのその店を見て、騙されてそこに行くという。そうなるとネット言及率をもとにランクを設定していると思われるドコイクのようなサービスでも、上位にあがることになるので、さらにみんな騙されて商売ますます繁盛。

騙す騙されるって書いたけど、もちろん当の飲食店もそれなりに集客ができれば文句はないし、斡旋会社はぼろ儲けでハッピー、"ブロガー"も自己顕示欲他を満たしつつタダ飯喰えてネタもできて読者も従って最高、"読者さん"も大好きなブロガーさんに追従することができ至福のひととき、さらに自分ではろくに店探しもできない市民も一軒の店に導かれることができ万事快調。
…と、誰も損せずみんな幸せな世界ですよ。
これはもうやるっきゃない。

そういえば現在は、店からの依頼を受けて正体を明かさずに素人さんを食べに行かせ、接客やら味やらをチェックしてお店に改善点を指導するような商売(サービス・インスペクター)があって、しかもそのタダ飯喰いの素人になりたがる人がたくさんいるらしいので、たぶんその方式をちょっといじればうまくいくんじゃないかな。

と、半分はバカにして書いたのだけど、半分はわりと本気(やるやらないじゃなく、うまくいくかどうかについて)だったりします。

というのも、こないだ近所に新しくできたカレー屋に行ったら、雑誌に載せたいんだけどお金がかかるんだよね…とご主人がこぼしていたんですよ。味に関しては全然問題ないし、内装も、好きな人ははまりそうな雰囲気、だけど、メディアへの露出が少ない上に場所が分かりづらいから、たぶん今のままじゃあんまりお客が入らないまま終わるかもしれない。

変なスポンサーがついていたり、あるいはひげの料理評論家とか見苦しいフードジャーナリストとかと仲良しさんだったら、すぐにでも(大したことない店でも)雑誌やら何やらで紹介されておめでとうな感じなんだけど、そうではない、だけどちゃんとした店というのがたぶん世の中にはたくさんあって、そしてたくさん消えて行っている。

そういうお店の安価な販促手段として、飯ブログや飯感想集積サイトが機能するのなら、それは素敵なことかもしれない。

とはいえ、ろくでもない店ばかりが紹介されてしまうのであれば、ほんとクソブロガー死ねばいいのにと思うだろうし、現在の自称グルメブロガーたちの大半は、実際そんな感じなんですけどね。個人的には、そのどうでもいい店ばかりが紹介されてしまう可能性が問題だから手は出せないけど、まあ、一時的にはいい商売だとは思いますよ。ほんと。

とりあえずこの件ここまで。

あ、仮説2で終わっちゃった。仮説5くらいまで想定してたけど、まあ、もういいか。


そういえば、mixiにも昔関連することをちょっと書いたので転載。といっても、mixiには実名を載せたもののさすがにここでは出せないので、それに関する一部の文字は伏せますが。

個人飯ブログってよく見かけますが、不思議な事に、どいつもこいつもありとあらゆるお店を、不思議なほどによく褒めること!
賞賛、絶賛、べた褒め、崇拝。

だけどそれって、ちょっとおかしくないか?たしかに、今どきまずい店なんてそうそうあるもんじゃない。だけど、そこまで全身全霊で褒めるほどのものなのか?いや、そもそも、実はそこって、今どき珍しくあんまり美味しくないんじゃ…?

そんな思いを抱いてしまうことも、実は少なからずあります。

たとえばこんな店。
ttp://kzmamour.blog40.fc2.com/blog-entry-**.html
ttp://blog.so-net.ne.jp/unax/2006-**-**


今でこそ、一つの鰻屋に通い詰めるぼくですが、一時期いくつかの店舗をさまよい歩いた時期がありました。

その中の一つ、月島の**さん。

これがまた酷かった。
昼・夜2回行ったのですが、その惨状は今でもはっきりと覚えています。

あまりにも水っぽいご飯。その水っぽいご飯にかけられた、塩っぽいタレ。江戸っ子の大好きな塩辛いタレとか、そういう範疇を越えたただの醤油味。そこにあるのは、そう、いわゆる醤油ご飯(しかも水分多すぎ。ツユだくという意味ではなく、含有された水分が、多すぎ)。その上にポンと乗り、決して醤油ご飯とハーモニーを奏でるでもなくただ居座る、電気で焼かれた乾パンのような食感の、存在感が薄っぺらな鰻。薄っぺらなくせに、やけに皮が存在を主張していた気がする。
ご飯・タレ・鰻の三者がパーフェクトハーモニーを奏でるでもなく、もちろん個性を引き立てあうでもなく、ただ漫然と、鰻の寝床に寝そべっている、そんな鰻重あるいは鰻丼。

それが、ホメホメ軍団の手にかかると、言葉ってのは本当に上手くできたもので、しょっぱいだけの醤油味は、「関東風の辛いタレが絶妙」「甘すぎず素晴らしい」に変換され、ゴムのような歯ざわりの皮と乾パンのような白身の具合は、「蒸しすぎず」「焼きが絶妙」「白身の食感がある」「ほどよい(まさに主観の極致)柔らかさ」へと変換され、いくらでも褒めることが可能なっています。
ついでに、あまりにクオリティの低かったご飯や、気になって気になって仕方なかった処理の行き届かない小骨の数々は、「あと小骨や白米など、細かく言えば切りがないが」と、思いっきり割愛される始末。特に都合の悪い部分を最終的に割愛ってのは、なかなか便利ですね。
この褒め具合は、本気で美味しいと思って褒めているのか、何か浮世の義理や人情から発しているのかわかりませんが、うなぎが好きとか美食とかワインなんちゃらとかそばリエとか言う人たちが、あの鰻を褒めちゃいかんよね。って、食べたことのある人にしかわからないだろうけど、あの店の鰻は、主観による個人差を考えても、大ハズレだ。もちろん客を見て鰻や手間を変えているようだったら、そういう感想の差もありだけど、それはそれで、大ハズレの店だよ。もちろん、2年くらい経っているので、ひょっとしたらクオリティも向上しているかもしれないわけですが、あらためて再訪しようとすら思わせないほどでした。

さらに、今どき養殖を使う鰻屋の方が当たり前(たとえ看板に天然とあっても)で、そもそも天然がどれもこれも旨いなんてのはただの幻想であることくらい、ごく一般的に認知されていますよね。でも、今更言うまでもない、そんな当たり前の事柄すら、「(天然でなく養殖を使うのは)下町の決して雑誌に載るような有名ではない店ならではの、無駄のない、理屈の通った考えである」な~んて、「ホメ」のネタ元になってしまう始末。いったい何が言いたいのやら。仮に、ろくな天然が入手できない鰻屋だったり、そもそもムラのある天然を扱う技量のない鰻屋であったとしても(べつにこの店がそうだと言っているわけではありませんが)褒められるわけですから、素敵ですね。今この瞬間偶然隣にいる呼吸している人をつかまえて、肺を使って空気を出し入れするのは実に理屈が通っていて素晴らしい、と絶賛するような話ですよ、これは。


たしかに、味なんて人によって云々だとか主観がどうとか言いたくなる気持ちはわかります。だけど、ほめほめブログ軍団の褒め方はちょっと異常なわけで、あんな鰻を、あそこまで褒めるというのは、ちょっとおかしい。ちゅーか、褒めすぎてやっぱりなんかおかしくなってる。
いや、そもそも、**さんの話を載せている人たちに限らず、素人飯ブログ(店紹介系)のやつらの褒め方は、全体的にちょっとおかしすぎる。やりすぎじゃないのか。


そういや、かつて前述の**さんに行った時には、OLっぽい人が「生きててよかった~」とかマジで言ってたんですよ。きっとろくな鰻を食べてないからそう言えたのだろうけど(もちろんそう言える事はとても幸せな事だとは思うのですが)、ひょっとして、飯ブログ(店紹介系)の人たちって、そういう、あんまりいいもの食べてないから、なんでもかんでもおいしく感じるよ、ってだけの人なのかな。
普通に考えると、あんまりそういう人がお店紹介するべきではないし、そういう人の意見を参考にするのも、ちょっとやめたほうがいいような気がするのだけど。

ついでに、あらためて言いますが、世の中にはおいしいものがたくさんあって、というか、今どき本当にまずいものなんてなかなかないし、たとえまずいようでも、味わいようによってほとんどのものはおいしく食べられるとぼくは思っています。17歳の頃からそう思ってる。そして、大抵のものであれば、まあ、おいしいおいしいと食べますよ、そりゃ。**のトンカツはあぶらっこすぎて一口でまじ勘弁とか、あの名前も知らない中華屋の炒め物は本当にひどかったとか、今回の話のように、許しがたい鰻屋に出会ったとか、そういうこともたまにはあるけど、大抵の場合は、おいしいおいしいと、むしゃむしゃ食べています。
そして普通に生きる上では、それでいいと、思っています。世界はこんなにもおいしくできている!

だけど、だけど、やっぱり飯ブロガーホメホメ軍団は、何か違うと思うんですよね。褒めりゃいいってもんじゃない。そこに伴うものを、何も考えていないのだろうか。


だからといって、お店紹介(ベタ褒め系)を生業とする人たちもいるわけですが、そんな人たちの意見を聞いていればいいのかといえば、全然そうでもなく、まあ、あの人たちの意見も結局は主観という名のもとのホメホメ軍団なので、全然大したものじゃないのですよ、ということを、素人お店紹介軍団の皆さんは身をもって表現してくれているのかもしれません。



それにしても、無意識のうちにほとんど同じようなことをよく書けるもんだなあ、と我ながら不思議に思います。


あと、上の方で書き忘れたけどもう一つ。
ライブドアグルメみたいな飯感想集積サイトって、素人さんが写真投稿したりもできるんだけど、ほんと、どれもこれもまずそうなんですよね。まじで。トップページに新着が並んでたりするけど、どの店にも行きたくない。ブロガーが自分のブログで不味そうな写真を晒すのならまだ自己責任で済まされるけど、よりパブリックな意味合いが強い飯感想集積サイトにまでアップするのは、ちょっと罪なんじゃないでしょうか。具体的に誰とか言わないけど。
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