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更新を重ねるたびにアクセス数が減って行くおかしなサイトへようこそ。
(↑と、こんなことを言っている時点で時代遅れの前世紀のダメな遺物なのですがそれについては後述、するかもしれない。)
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以前、なかなかよそのサイトやブログを他人様には紹介しないこのぼくが、いろんな意味で大絶賛した「僕の離婚バトル~仁義無き戦い~」が、ついに(ひとまずは)完結したようです。


まあ、読めば読むほどかつて一世を風靡した堕落誌のヒカル先生にしか見えないんですけどね。真偽はさておき。
最近突然リニューアルをはじめたようで、一部読めなくなったテキストもあるけど、http://ameblo.jp/kindannoai/とか、どう見ても同じ人が書いた文章にしか見えない。真偽はさておき。

以前も同じようなことを書いたけど…
「…」ではなく「・・・」を異常に多用し(「・・・」が多いというのはどこかのコメント欄でも言っている人がいました。ちなみにぼくじゃないです。あと、最近の更新では突然「。。。」が飛び出したりしていますが)、必要以上の行間(改行)と、昨日今日はじめたような人間には真似できない、品を落とさない程度の適度なフォントいじり。
続き物としての焦らし方のうまさ、というかやりすぎ感すら漂うアレ。
かなり前の記憶を呼び起こしている割に、かなり細かいセリフの描写。
そして物語を進めるのは、どう見ても同じ人間の考えにしか見えない、モノローグ。

そんな数々の記号もそうだけど、それが全体的に醸し出す空気。
記号的な「・・・」や小説家志望の人が書きそうなセリフのスタイルは、真似しようと思えばいくらでもできるけど、多少でもいろんな人の書いたものを読んだことがある人間なら、その共通する空気に気付くんじゃないかしら。
2ちゃんでも、自作自演とかやってるやつがいると、文体とか全体的なスタイルで大体わかりますよね。
それと同じような感じ。

といっても、R25とか地下鉄のフリーペーパーに書いてるライターさんの文章の7割くらいが同じスタイルにしか見えないぼくの言うことなので、あてにはなりませんけどね。

  
とりあえず続けると、たとえば、
15歳美少女と塾講師の禁断の愛・・・ならまだアレなんですが、合コンGOGO!!日記のような内容までもが、同じニオイのする文章で表記されている、というのがまたなんとも素晴らしいと、思っています。
(ちなみに、15歳美少女と塾講師の禁断の愛・・・の方はブックマークにどこかで見たようなブログが入っているんだけど[注:これを書いた後で外されていました]、もしそれぞれ作者が他人で塾講師の人が離婚ブログを認識しているんだったら、これはなんというか、文章のスタイルに関して多少の知的財産に関する権利を主張してもいいんじゃないかとすら思います。絶対しないと思うけど。)

まあ、離婚信者の人たち(創作じゃないと考える人たち)は、あの真面目なトランさんが、まさか出会い系なんかに関わるはずがないと頭ごなしに否定すると思うんですが(たとえばスピリチュアルの話で書いたような江原氏信者も似たようなアレですね)。それならそれで、同じスタイル同じ空気の文章が、ほとんど逆の(ぼくはそう思わないけど)内容で存在し得るこの世界を素敵だと思います。


(話は変わるようですが)これは、ぼくにとってネットへの完全な敗北宣言なのだけど(といっても誰もぼくが昔言ったことなんて知らないだろうけど)、そもそもブログがここまで一般化するなんて全然思っていなかった。これについては以前書いたけど、本当に申し訳ないくらいぼくが甘かった。
そして今、そのブログが、庶民の情報発信/マスメディアに対する個人メディアの云々…という理想(?)なんて忘れてしまったかのように、カネという身もふたもないアレの手段にすらなっています。異常にあふれたアフィリエイトやら何やらもそうだし、書籍化という成功パターンが、非常に一般的なものとして、氾濫している。

かつてのぼくは、まさか、まさか、ネット大好きっ子たちが、データの海に投げ込んだ文章を、書籍化したいと思うなんて、これっぽっちも思っていませんでした。
二年くらい前に、汚い飯写真を載せたブログのおばさんが、ブログに書くと将来本にもできて最高よ、とか言ってるのを見て、なにをこいつは前世紀の理想を掲げているんだ、と思っていました。ネットに文章を垂れ流せるこの時代に、アナログに目標を置くなんて。
それでもいつの間にか、いろんなブログが書籍化し、まあ、どの程度売れているのか知らないけど、それなりに売れているようで、気付いたらはじめから書籍化を念頭においたようなものまで出てきたという事実。
これもまた、ぼくの考えが甘すぎた。本当に、本にしたいと思う人たちがたくさんいるなんて。
単に金がどうとか自己顕示欲がどうということでなく、このWeb2.0時代に(べつに2.0はどうでもいいんですが)、そこがネット文章の終着点になるだなんて。

以前、ネット大好きっ子世代って、テレビとか雑誌のようなものは疑えるけど、個人サイト(特に大手個人サイト)の言う事はやけに信用するよね、ということを書いたけど、これは一見けなしているようで、今にして思えば、マスメディアに対する個人メディアとしてのネットの可能性を純粋に信じるその姿勢に感心していたというのもあるかもしれません。
だけど、最早それもなくなった。

書籍化という柳の下のドジョウがどれくらいいるのかはわからないけど、まだまだ成功例は出てくるだろうし、いや、もう、ほんとに、数年前にはこんな有り様になるなんて思いもしなかった。ごめんなさい。


そういえば今回の離婚話ブログは、かつて電車男が(ブログと同様に)書籍化という成功パターンを提示し、実際に(柳の下のドジョウを狙い)書籍化を念頭に置いたようなスレッドもちょこちょこ見受けられる2ちゃんねるにまず登場した物語だったようです(参考リンク)。でも、それはうまくいかなかったようで。「気付いた時にはブログになっていてびっくりした」、「子供の遺伝上の親が違う問題はどうなったんだ」などというコメントが、書かれては消されていました。(ノイズになるコメントを不可視化することで物語に付加価値をつけるのも、よくある成功パターンですね)


まあ、それはどうでもいいんですが。
かつてはアクセス乞食とまで呼ばれ、ひたすらアクセス数を稼ぐことに腐心していた「・・・」と改行と焦らしとモノローグと細かいセリフ描写が特徴的な文体が、現在は出会い系のアフィリエイトと書籍化を狙ったブロガーの成功パターンのために存在している現実。

時代の雰囲気を読むのに長けた人はいろいろとがんばるなあ、と感動した次第です。
それに対してぼくなんて、冒頭に書いたようにアレなことばっかり言ってますからね。そりゃ時代を読み間違えますわ。


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そうそう、そんなことより、時代を甘く見すぎているぼくが言うのもなんですが、最近よくWeb2.0がどうしたとか、CGMがどうしたとか、ロングテールがどうしたとか、SNSやブログをビジネスに云々とか、まあ、そういうアレを耳にします。

まあ、耳にするのはいいんだけど、本当にそういうことを言っている人で、そんなカタカナや英字のお話を、実感としてわかっている人って、どれくらいいるんだろうなー、なんて最近よく思います。

ロングテール云々なんて言っているけど、たとえばアマゾンでは新刊しか買ったことないんじゃ?(あるいはそもそもネットで買い物したことないんじゃ?)とか。CGMがどうこう言うけど(そんなのずっと前からあったけど)あなた自身はネットの意見を参考にしてるの?あるいは逆に鵜呑みにしすぎていないか?とか。ブログとかSNSとか言う割に、その区別すらついてないんじゃ?とか。2ch用語を知らないのは構わないけどyoutubeも知らないのはどうかと思う、とか。
まあ、現実っていろいろ悲しいなあ、と思います。
とりわけ、ネットに近いところで商売している人たちがそんな感じだと、まあ、こういうのって詐欺みたいなもんかもね、とすら思えてきますよ。よくわかってない人たちが、もっとわかってない人を言い包めて。

そういうアレな人とかを見てると、上で書いたようなネットの空気を読むのに長けた人たちや前々回の更新で書いた人たちのように、ブログやら何やらをカネやいろんなものに結びつけられる人ってのはエラいなあ、と思いますよ。ほんとに。時には半分詐欺みたいなアレだとしても。

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ちなみに、最近嫁姑スレのまとめブログ(これ)をよく読んでいるのですが、
 ヤクザ嫁 その1
 ヤクザ嫁 その2
このエントリに出てくるヤクザ嫁も、ひょっとして離婚バトルの「・・・」の人なんじゃないかなあ、と思えてきたりするから不思議です。

この人が創作を発信する際って、盛り上げるのはすごくうまいなーと思います。話の続き方もそうだけど、クライマックスに向けて引っ張って引っ張って読む人の気持ちを盛り上げる手法。そして、理不尽な「敵キャラ」を設定する事で、最終的にたどり着くカタルシスを一層強固なものにする手腕。
そのパターン、たしかにうまい。うまいんだけど、調子に乗りすぎてしまうのか、陶酔してしまうのか、ちょっとやりすぎな感じがする。
カタルシスを与えてくれるのはたしかにいいのだけど、そこにやりすぎ感が漂う。
もちろん、それまで感情移入して見ていた人の多くは、妄信的に「やったぜ!」となるのかもしれないけど、同時に、ちょっとこれネタじゃないの?と半信半疑で見ていたような人は、完全に目が醒めちゃったりもする。
そのへんがかなり共通するんですよね。どれもこれも。あれもそれも。

あと、存在に信憑性を出すためか、無駄に細かいディティールにこだわるところもかなりアレ。
たとえば離婚の人は、「何もできないかわいそうな自分」を演出するように、家事も出来ず自意識過剰なあまり食料品を買いにスーパーに入ることもできず悶々としている話(本当にそんな男なら、妻に愛想をつかされて当然という理解は得られたと思うけど)とか、嫁姑の人は、無駄な、まったく無意味な方言講座(「奥歯ガタガタ」とかいうベタなアレ)とか。これはちょっと姑息だけど、話の軸をずらすこともできて、いろいろ効果的な気はします。


仮に、これが、接点もないような、まったく違う人が書いた別々の文章というのであれば、ネット界隈で一時的に盛り上がる文章の一つの傾向として、より広範に語られるべきスタイルのような気がするし、もしそうでない(別の人が書いた文章ではない)としたら、まあ、それはアレだ。お疲れ様でした、という感じ。

まあ、でも、アレだ。ブログが本になったというアレで本は売れるかもしれないけど、おそらく最初から本で出ていたなら大して話題にもならないかったようなパターンの話が、ああして曲がりなりにもものすごい数の人に支持されてしまうというのは、実はすごく大事な何かを秘めているのかもしれません。


口内炎が痛いので今日はここまで。
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